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016 琥珀館
しおりを挟む部活終わりにて、時刻はすでに夜の七時近く。
朝の賑わいとはうって変わり、この時間にもなると学校の周辺もずいぶんと寂しくなっている。
宵闇迫る街は、昼とは違う表情をみせはじめていた。
メールで指定された場所は、学院の最寄り駅近くの繁華街より一本路地を奥に入ったところにある、怪しげな雑居ビル……
の、一階にある喫茶店であった。
外観はモダンだ、純喫茶というやつであろうか。
店名は琥珀館とある。いかにも店主が珈琲にこだわっています的な雰囲気、豆の自家焙煎とかやっていそう。
入り口は板チョコを大きくしたような一枚扉だ。表に面した窓はステンドガラスになっており、外からでは店内の様子はわからない。
店構えといい場所柄といい、女子高生が気軽に立ち寄れるような店ではないことだけはたしかだ。
「えーと、ここであってるよね?」
何度もスマホの地図アプリで住所を確認したので間違いない、はず。
千里はしばらく店の前を行ったり来たり。
しかし、いつまでこうしていてもしょうがない。
「よしっ」
意を決して千里はドアノブに手をのばす。
重そうにみえた扉はおもいのほかに軽く、あっさりと開いた。
カランコロンと小気味よいドア鈴が鳴る。
おずおずと店内に足を踏み入れたら――
「へい、らっしゃい!」
寿司屋の大将のような威勢のよい挨拶に、千里はおもわずズッコケそうになった。
カウンターの向こう側から歓迎してくれたのは、見覚えのあるアロハシャツのおっさんであった。あいわからずサングラスをかけている。
間口狭く奥へとのびている店内は、落ち着いた色合いの木目調のインテリアで統一されており、カウンター席には一期と他にもうひとり、男性客の姿があった。
「……遅いぞ」
むっつり顔で一期が文句をいう。
だが、この青年はそういうヤツだ。すでにわかっている千里は、いちいち目くじらを立てたりしない、代わりにベーと舌を出す。
そんな一期とは対照的であったのが「ヤッホー」と愛想よく手を振る、もうひとりであった。
「あなたがセンリちゃんね? このあいだはゴメンなさい、間に合わなくって。私がついていたら、危険な目になんて合わせなかったのに。
それにしてもなによぉ、一期くんってばぜんぜん話がちがうじゃない。とってもキュートな子じゃないの。
私は瑞希蓮(みずきれん)っていうの。ふだんはフリーで美容師をやってまーす、よろしくねー!
でも、いいわぁ、いいわぁ。いかにも原石っ感じがして、これはとっても磨き甲斐がありそう」
じつによく回る舌、淀みなく言葉が溢れてくる。
ススッと近寄ってきたかとおもったら、ガッチリ握手にてまくし立ててきたもので、千里は目をぱちくり、すっかり面喰らってしまった。
瑞希蓮はとてもキレイな男性である。某歌劇団の男役のトップスターばりに容姿が整っている。はっきり言って、この前学校にやってきたアイドルよりもよほどカッコいい。なんだかキラキラしており華がある。
けれどもその言動の端々からもすでにおわかりのように、彼はいわゆるオネエというやつであった。
「おい蓮、そのぐらいにしておけ。嬢ちゃんがハトが豆鉄砲を喰らったみたいになってるじゃねえか」
アロハシャツのおっさんが見かねて口を挟む。
「とりあえず嬢ちゃんは適当に座りな。あと飲み物は何にする?
オススメは珈琲以外だな。なにせうちのはドロドロに煮詰まっていて、下手なエナジードリンクよりもカフェインが濃い。
注文するのは舌と頭のネジがイカれている社畜どもぐらいだ。
それと何か食うか? 部活帰りで腹が減ってるんだろう。簡単なもんなら作ってやるぞ。もちろんオゴリだ……一期の」
「なんで俺が!」
店主はアロハシャツ、常連客は少し陰のある青年とキレイなオネエ。
それっぽい見た目とは裏腹に珈琲がマズイ、琥珀館。
イチ押しはホットコーラとナポリタンだというから、わけがわからない。
◇
店主であるアロハシャツのおっさん、平万丈(たいらばんじょう)については以前に一期からかいつまんで説明を受けていたもので、挨拶はナポリタンをごちそうになりながらさらりと済ませる。
自信を持って勧めるだけあって、ナポリタンは美味かった。ホットコーラについては好みがわかれるかもだが、まぁ、それなりに。
万丈、蓮、一期らは夕凪組のメンバー、他にもあとふたり、今回の旗合戦に参加しているという。
でもって千里をわざわざ呼び出したのは、都合のついたメンバーとの顔合わせがてら、旗合戦の詳細についての説明と、今後のことを相談するためであった。
「旗合戦について、嬢ちゃんはどこまで聞いている?」
「えーと、たしかオリエンテーリングみたいなやつで、大禍刻内で競うんだけど、その中ならけっこう何でもあり、旗役の子がぺっきり折られたら即終了ってことぐらいかな」
万丈から訊ねられたもので、千里がうろ覚えの内容を口にすると、「はぁ」と蓮がため息をつく。
「なによぉ一期くんってば、肝心なことをちっとも話していないじゃないの」
一期はプイとそっぽを向いた。
「肝心なこと?」
千里は小首を傾げる。
蓮が話を引き継ぎ、説明を始めた。
「ええと、まずはっきりとさせておきたいのは、今回の旗合戦の争点ね。
センリちゃんはご先祖さまのせいで、面倒事に巻き込まれたとおもっているのでしょうけど、じつは違うの。この件に関しては千里ちゃん……というか、あなたたち人間もけっして無関係じゃないのよ。
連中……暁闇組が荒っぽいのは、センリちゃんも実際に顔を合わせたからもう知ってるでしょう?
あいつらの狙いはね、勝って禁猟区を解放することなのよ」
妖と人と。
けっして相容れない……とまでは言わない。
だが、その関係はとてもややこしくナイーブで複雑怪奇である。
時代ごとに変遷し、ときに共に手を携え、ときにいがみ合い、多くの血を流すこともあった。
そして現代だが、いまは比較的節度と平穏を保っている。
取り決めにより、禁猟区や禁猟期間を設けたおかげだ。
これにより勝手気ままにしていた妖たちの行動が制限され、どうにか人間社会と折り合いをつけられるようになった。
それを失くせば、どうなるかなんて言わずもがなであろう。
しかも解放されるのは、この街……
自分たちの住む街が妖らの狩り場、小柴夾竹のようなヤバいのが大手を振って闊歩する無法地帯になる。
なおその夾竹だが、あの後、万丈が責任を持って山奥にリリースしてきたそうな。「あの様子なら、しばらくは戻ってこれないだろう」とのこと。
まぁ、それはともかく、いまさらながらにことの重大さを知って千里はゾッと身震いした。
だが、青くなって震えるばかりではない、ふとある妙案を思いつく。
「あっ、そうだ! だったら鳳さんにも事情を説明して、こっちに協力してもらえばいいんじゃないの」
鳳星華は対戦チームの旗役だ。
なし崩し的に敵味方に分かれてこそいるが、自分たちの街に危険が迫っていると知れば、きっと協力してくれるはず。
しかし蓮は「たぶん無理でしょうね」と悲し気に首を振る。
「じつはフラッグに選ばれた乙女にもちゃんと恩恵があるの。旗合戦を制したチームの旗役の子は勝利特典として、ひとつだけ何でも願いをかなえてもらえるのよ」
何でもといっても、もちろん限度もあれば限界もある。
だが人が思いつく程度の望みであれば、たいていは叶えられる。
なにせ大妖らがこぞって動くからだ。
富貴や名誉、栄達なんぞは朝飯前にて、それこそ死んだ者を生き返らせるなんて芸当も……
話を聞いて、千里はごくりとツバを呑み込む。
なんて甘く危険な香りのするニンジンなのだろう。
そんなシロモノを鼻先にぶら下げられて、はたして我慢できる者がどれだけいることか。
星華と千里、もしも互いの立場が逆であったとしたら、相手側から「諦めろ」と言われて素直にうなづけるものであろうか。
――難しい。
蓮が無理だといった意味が千里にも理解できた。
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