乙女フラッグ!

月芝

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014 朝駆け

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 旗合戦・第一幕のあと、千里は寝込んだ。
 どっと疲れが出た。精神的ショックもさることながら、なによりも堪えたのが全身筋肉痛である。
 千里とて剣道をやっているだけあって、筋肉痛なんてのは慣れっこのはずであった。
 でも、かつて味わったことのないレベルにて、痛み止めの薬を飲んでもダメであった。
 わずかに身じろぎしただけでも悶絶する。うっかりクシャミなんぞしようものならば地獄である。あと地味にトイレもつらい。
 築二十年のマンション住まい、両親と大学生の姉との家族四人暮らし、自室からトイレまでの距離があれほど遠く感じたことは、かつてなかった。
 そのためベッドの上で固まり、見慣れた天井を相手にまんじりともせず、ひたすら耐えるしかなかった。
 けれども、そこはそれ花の十代の乙女である。
 翌日にはもうケロリと治っていた。
 なんという回復力、素晴らしきは若さナリ。

  ◇

 朝の登校時――
 淡墨桜花女学院の周辺は、制服姿の女子中高生らによって埋め尽くされる。
 それはもう華やかで賑やかとなる。
 なにせ箸が転んでもおかしい年頃だ。
 若い娘がたくさん寄り集まっては、とってもかしましい。

 学校へと向かう人の流れに混じって、千里の足取りは軽かった。すっかり筋肉痛も治っており、自由に動ける素晴らしさを噛みしめている。それこそフンフン鼻歌まじりで踊り出したいぐらいに機嫌が良かった。ビバ、健康!

「チリちゃーん」

 背後からいきなり抱きついてきたのは、親友の瀬尾麻衣子であった。

「あっ、おはようマイっち」
「おはようチリちゃん。ところで体のほうはもう大丈夫なの?」

 千里の母親は学校に「風邪で熱が出たから休む」との連絡を入れていた。

「う~ん、一晩寝たらなんか治った」
「よかったぁ。でもまだ無理はしないほうがいいんじゃない」
「へいき、へいき。それよりもさぁ、あとで授業のノートを写させてよ。それから部活のほうはどうだった?」
「いつも通り……じゃなかったかも。じつはチリちゃんが休んでいるときに、ちょっとした珍事があったんだよねえ」
「珍事?」
「そうなのよ。放課後に稽古をしていたら、なんと! あの星華嬢がいきなり練武場にあらわれたのよねえ。でも……」

 星華嬢は我が淡墨桜花女学院きっての才媛、期待の星、マスコミにも取りあげられている有名人にて、校内で彼女の名前と顔を知らぬ者はいない。
 そんな鳳星華が弱小剣道部のところに顔を出した。
 たしかに珍事である。

「何をしにきたのか、いまいちよくわかんないのよねえ。いちおう部長が用件を訊ねたんだけど、適当にはぐらかされたっていうか、なんというか……」

 星華は目的については口にしなかったという。
 が、なんとなくその理由に思い当たる千里はドキリ、「へぇ~」と目が泳ぐ。
 それに目敏く気づいた麻衣子が「……もしかして」
 じーっと見つめてきたもので、千里は手の平にヘンな汗をかいた。
 日頃から仲がいいふたり、麻衣子はけっこう鋭い子であり、千里はあまりウソが上手いタイプではない。

(うっ、このままではマズイ……)

 千里はとても焦る。
 でもその時のことであった。
 急に前方がガヤガヤガヤと騒がしくなる。
 いったい何事かと見てみたら、人の流れに逆らいこちらへと向かってくる青年の姿があった。

「げっ!」

 おもわず千里はのけ反った。
 女だらけの群れのなかで浮いていたのは一期である。
 少々物言いや態度にトゲはあるものの、シュッとした大学生っぽい見た目の一期は、黙っている分にはそこそこイケメン……に見えなくもない。
 だからこそ、周囲の女生徒らが気にしている。
 チラチラしては、ひそひそこそこそ。

「あれ、あの人……」「たしか昨日もいなかった?」「そういえば見かけたような」「誰よ、あれ?」「ひぃ、ストーカーとか」「でも、ちょっとイケてない」「う~ん、そうかなぁ」「悪くない」「わたしはもっとガッチリしているほうが好みかも」「でも足はけっこう長いわよね」「スタイルいいよ」「着やせするタイプじゃないかしら」「細マッチョ?」「おろした前髪がうっとうしいわね」「天パかな」「目元がよくわかんない」

 なんぞと勝手に盛り上がっては、吟味している。
 だが漏れ聞こえてくる評価は満更でもないかも。
 でもって、そんな若い男が片手をあげては、いきなり「おい、センリ」と声をかけてきたもので、呼ばれた当人は「アチャー、あのバカ」と天を仰いだ。

 とたんに周囲がザワつき騒然……とまではいかないが、けっこう注目の的になる。
 みんなの視線が痛い。
 そして何より隣にいる麻衣子が興奮して面倒くさい。

「えっ、えぇーっ、公然と下の名前呼び? それもちゃんとした方のじゃないの。もしかしてチリちゃんの彼氏とか? いったいいつの間に? ムッキー、この裏切り者ぉ~」

 もちろん違う、誤解である。
 だがこういう場合、ムキになればなるほどより深みにはまるもの。
 そのことをわずか十数年という短い人生のなかで学んでいた千里は、あえて訂正せず。
 麻衣子からグラグラ揺さぶられるままにされていた。
 すると、そんなことは丸っと無視し、一期は上着のポケットから自分のスマートフォンを取り出す。

「さっさとおまえの電話番号とメールのアドレスを教えろ」

 そういえば連絡先の交換をするのをすっかり忘れていた。
 言われるままに教えたら「あとで連絡する」とだけ告げて、一期はさっさと行ってしまった。
 わざわざこのために朝から校門近くで、千里が登校してくるのを待っていたらしい。
 まさかの朝駆け、それも二日続けてご苦労さま!
 家にまで押しかけてこないだけマシだが、これはこれでちょっとズレている。

「うわぁ、俺さま系の彼氏だぁ」

 うっとりした様子で意味不明なことを言い出した麻衣子は放っておいて、千里は人混みを掻き分け遠ざかる背中に「なんだかなぁ」と嘆息する。


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