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012 マリア観音像
しおりを挟む一期が「万丈」と呼んだ中年男性の介入により、あわやのところで千里たちは窮地を脱する。
ふたりは中庭を離れ、別ルートから礼拝堂を目指す。
憑依の反動か、はたまた崩落の影響か、まだダメージが抜けていないらしく一期は若干ふらついていた。どうにも足元がおぼつかない、千里は迷惑がる彼を無視して肩を貸した。
「助かったけど……あの人、大丈夫かな。蜘蛛女ってばめちゃくちゃキレてたけど」
うしろをチラチラふり返っては千里が心配していると、一期が「心配はいらない」と言った。
「なにせあの男は他人を煙に巻くのが得意だからな」
アロハシャツのおっさんの名前は平万丈、夕凪組に所属しており一期のチームメイトであるという。
そういば旗合戦ではチームがどうこうと、一期が口にしていたのを千里は憶い出す。
助けられておいてなんだが「もう少し早く来てほしかった」
もしかしたら、できなかった理由があるのか?
チームのことといい旗合戦の細かいルールなど、まだまだわからないことだらけ、気になることは多々ある。
しかしいまはそれどころではないので、いったん脇へとうっちゃっておき……
「煙に巻くって、化かすって意味だよね? ふ~ん、まるでキツネみたい」
「……キツネじゃない、タヌキだ」
「タヌキって、あのぽんぽこタヌキ?」
「そうだ。ふざけた格好をしているが、あれでもけっこう名門の出自らしい」
「いいとこのお坊ちゃま! とてもそうは見えないんだけど」
「……それは否定できない。が、実力は本物だ。だから夾竹のことは任せておけばいい。それよりも急ごう。かなり時間をロスしてしまった」
旗合戦が行われている大禍刻にはタイムリミットがある。
時が凍っているのであくまで体感になるが、だいたい一時間半ぐらいとのこと。
一期と千里が顔を合わせるまでに三十分ほどかかっている。
蜘蛛女のせいであちこち余計に歩かされた挙句に、足止めも喰らってしまった。
大禍刻が終わる前にチェックポイントへと到達しなければならないのだが、なんだかんだでけっこうギリギリ?
だから自然とふたりの歩くペースも速くなっていく。
気ばかりが急く。
◇
中高一貫のマンモス校。
広大な淡墨桜花女学院の敷地、中等部と高等部の間にある木立ちの奥に、ひっそりと建っている小さな教会に礼拝堂はあった。
教会の建物は素朴な造りながら、そこそこ大きなステンドグラスが飾られており、西陽が射しこむと美しい。
ふたりは並んで教会を見上げている。
ようやくここまで来た。もしもこれで予想がはずれていたら、とんだお笑い草である。
だからとていまさら他所を探している時間はない。
一期と千里はうなづき合ってから教会の扉を開けた。
ギィィィィィィィ――
扉が軋む音が響く。
一期が先頭となり警戒しつつなかへと入っていく、千里もおずおず続く。
目当てのマリア観音像は、祭壇の奥にある。
大きさは一メートルもない小ぶりの像。
もとは長崎は島原の地にて、隠れキリシタンたちによって代々受け継がれて、大切に祀られていたモノなんだとか。
それが江戸時代の寛政四年(1792年)に起きた、雲仙岳眉山の噴火で発生した山崩れと津波によって流出、明治の世になって湾内に沈んでいたのを偶然発見されたのちに、紆余曲折を経て本校にやってきたという。
いよいよマリア観音像とご対面……
という段になって、一期が足を止めた。
千里も立ち止まる。
祭壇のところに男が立っており、最前列の席には女が座っている。
男の方はわからないが、女の方は知っている。
陽光きらめく新雪をおもわせる長い銀の髪の持ち主――鳳星華だ。
一別以来のごぶさたであった。
彼女もまた千里と同じく大禍刻に取り込まれ、五つの珠の腕輪が装着されている。
星華こそが相手チーム、暁闇組側の旗役。
わかってはいたが、千里は極力考えないようにしていた。意識の外へと追いやっていた。
だが、さすがにこれ以上は無理らしい。
いやおうなしに現実を直視せざるをえない。
座ったまま上半身だけをひねり、星華がゆっくり振り向く。
「ずいぶんと遅かったのね。待ちくたびれて寝てしまうところだったわ」
座席の背もたれへ、星華はゆったり左肘をかける。
その手首にある腕輪、珠のひとつには仁の文字が浮かんでいる。
先に到着した星華たちは、すでにチェックを済ませていた。
それすなわち千里たちの敗北を意味していた。
健闘するも及ばず。
旗合戦の五番勝負、第一幕を制したのは暁闇組と星華。
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