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010 依り代(よりしろ)
しおりを挟むガツンと側頭部を一撃!
木刀で殴られた夾竹は昏倒………………しない!?
まともに攻撃がヒットしものの、相手は人外の化生である。
確かな手応え、ちょっとシャレにならない音がしたものの、夾竹は少し上体を傾げたのみ。
残念ながら起死回生の一手とはならず。
千里はどうにか一矢報いたかったが、結果としては火に油を注ぐことになった。
「ぶっ殺す、つま先から頭へと生きながら細切れにしてやる」
夾竹が怒髪天を衝き、八本足のうちの一本を動かす。
蹴りというよりかは、指先でピンとはじくかのような仕草であったが、人の身である千里にはそれでも充分な脅威であった。
とっさに手にした木刀で防ごうとした千里であったが――
「きゃっ」
堅いはずの黒檀の木刀がたやすく折れた。
吹き飛ばされた場所は一期のそばにて、千里もまた蜘蛛の巣に囚われてしまう。
ふたりとも拘束されて万事休す。
視界が涙で滲み、ぐにゃりと歪んでいる。
蹴り飛ばされたせいで千里は朦朧としている。
ゆっくりと暗幕が降りてきては、意識が沈みゆく。
そんな彼女に懸命に呼びかける者がいた。
「手をのばせセンリ! 俺の手を掴むんだっ」
一期の声であった。
その声に反応し、千里はのろのろと腕を動かす。
でもあとほんの少しというところで届かない。
のばした指先がむなしく空を切る、すれちがうこと数度、ついに力尽きて千里の腕がだらりと落ちかけたところで、それを掴んだのは一期の手であった。
ふたりの手が重なる。
刹那、一期の身が白銀光を発した。
燦然たる閃光。
渡り廊下内の薄闇が一掃される。光が満ち充ちた。
あまりの眩しさに、夾竹は「おぉぉ」と顔を庇いながら後退る。
やがて光が収束し、ゆらりと立ち上がったのは千里であった。
ただし佇まいや、まとっている気配が先ほどまでとはガラリと異なっている。
眼光も鋭くまるで別人のよう。
その手にはひと振りの刀が握られていた。
二尺八寸三分(約85・7cm)もの大太刀だ。
くすんだ赤味がかった落ち葉のような……赤朽葉色の鞘には銀蒔絵にて意匠を施されているが、古ぼけかすれておりよくわからない。
そんな自身の姿を、千里は斜め後方より俯瞰している。
肉体から精神が乖離した状態……幽体離脱というやつであろうか。
フワフワしており、なんとも奇妙な感覚である。
「――っ! おのれ一期、小娘の体をのっとったか」
「……人聞きの悪いことを云うな。ちょっと借りているだけだ」
言うなり一期=千里がすらりと刀を抜く。
あらわとなった刀身、黒鉄の表面に浮かぶ刃紋は直刃に小乱、互の目が交じり小足が入っている。
これが一期の正体であった。
(綺麗な刀、だけど……)
いくら研いでも拭いきれぬ曇り、染みついた暗い影とでも云おうか。
そんなものをヒシヒシと感じた。いまの千里は肉体を離れて精神だけになっているせいか、もしかしたら特殊な感覚が鋭敏になっているのかもしれない。
◇
戦いが次の局面へと移行した。
ともに化生の姿をさらした一期と夾竹、互いが発する妖気がぶつかる。
にらみ合いから、先に動いたのは一期であった。
いっきに間合いを詰めるべく駆け出した。
させじと後退しつつ間合いをとっては、夾竹が鋼糸を繰り出す。
数が多い!
一度に数十もの糸が放たれた。それらが格子を作っては網となり、突っ込んできた獲物へと覆いかぶさる。
たちまち一期の姿が網に呑み込まれた。
網は繭玉のようになった。そのままギュッと締めつければ、一期は一巻の終わりであろう。
が、次の瞬間には繭玉が散りぢりとなっていた。
やったのは一期だ。ありえない剣速にて、降りかかる糸を瞬時に細断したのである。
「なっ! バカな」
堅いだけでなく弾力や粘着性のある糸をも織り交ぜていた特殊な網を、一期の刃は苦もなく斬り裂く。
大きく目を見開き、夾竹は動揺を隠せない。
一瞬の隙が生じた。
すかさず踏み込む一期、銀閃が走り、刎ね飛ばされたのは蜘蛛の足二本。
夾竹の顔が驚愕と苦痛に歪む。だが彼女もやられっ放しではすまさない。
新たな鋼糸を次々と放っては、一期が憑依した千里の身を切り刻まんとする。
「シャアァァァァァーッ!」
「うおぉぉぉぉぉぉーっ!」
互いに雄叫びをあげた。
鋼糸と刃が激しく飛び交う。
猛攻につぐ猛攻、苛烈さは先ほどまでの比ではない。
衝突の火花が満開の桜のごとく咲き狂う。
なのにどちらも防御はせず。
攻撃でもって攻撃を迎え討ってはさらに攻める、攻める、攻め続ける。
時間にすればほんのわずか、数十秒ほどであろう。
でもその短い間に、双方よりいったいどれほどの手数が繰り出されたことか。
何百? いいや、それこそ千をも優に越えるかもしれない。
凄まじい……本当に凄まじい化生同士の人知を越えた戦い。
けれども徐々に均衡が崩れつつあった。
次第に小さな傷を増やしていく夾竹に対して、信じられないことに一期が憑いている千里の身には毛筋ほどの傷もついていない。
乱打戦を制したのは一期、三本目の蜘蛛足が刎ねられ夾竹の身がグラつき体勢を崩す。
それを見逃す一期ではない。
ついに決着か!
とおもわれた時、それは起きた。
ゴキリ……メキ……メキメキミシ……
致命的な破壊を告げる不穏な音がしたとたんに、視界がガクンと下がった。
ふたりを中心にして、周辺に大きな亀裂が幾筋も走り、天井がたわんで床が波打つ。
あまりにもふたりの戦いが激しすぎたのだ。
先に根をあげたのは、舞台となった渡り廊下であった。
息をするのも忘れて戦いを見守っていた千里も異変に気がつき「アーッ!」
渡り廊下が――落ちる!
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