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005 大禍刻
しおりを挟む青年は小娘を抱えたまま、廊下を風となり駆け抜ける。
ふわりと宙に踊り出ては、階段を二段飛ばしで降りたかとおもえば、その先の角を曲がってふたたび廊下を走る、走る、走る。
いったん外に飛び出し、すぐさま別棟へと入ったとおもったら、今度は階段をまったく速度を落とすことなく軽々とのぼっていく。
この青年、ただ者じゃない。
だが乗り心地は最悪であった。
すごい勢いにてまるでジェットコースターのよう、揺れもけっこうひどい。
ぐらぐら上下する視界、たまにくんっと横に動いたとおもったら、遠心力がズンとくる。力と圧がかかるたびに、千里の腹部に青年の腕が食い込む。
そのせいで千里はすっかり気持ちが悪くなってしまった。
「うぷっ」
危うく乙女にあるまじき失態を犯す寸前になって、青年はようやく止まった。
場所は高等部の第二校舎の三階――この棟には美術室や化学室などの他に、各教科の準備室などが集まっている。
たまたま扉の鍵が開いていた調理実習室へと滑り込んだところでポイッ、千里はようやく解放された。
床に四つん這い、産まれたての小鹿のようになっている千里に、青年はチッと軽く舌打ち、自身はいましがた入ってきた扉の脇に立ち外の様子をうかがっている。
いろいろとツッコミどころ満載の青年の言動ではあるが、千里はとりあえず――
「うぅ、気持ち悪い。……にしても、あんたってば、いったい何者なの?
いきなり連れ去るとか信じらんない。っていうか、攫うならせめて背負うか、お姫様抱っこぐらいしろ。
なに、あの雑な扱い。私は丸めたカーペットじゃないのよ」
正体を訊ねるつもりが、つい文句の方が多くなってしまったのはしょうがない。
「……そうか? 似たようなものだろう。使い古して湿気った敷物みたいなニオイがしているじゃないか」
青年のあまりの言い草に千里はあんぐり。
運動部の、それも剣道部に所属する乙女に対してなんたる暴言!
ただでさえ防具関連では、日頃から神経を尖らせているというのに。
そんな暴言を吐いた青年は、粟田一期と名乗ったものの……
「悪いがあんまりのんびりと説明している余裕がない。大禍刻が始まってから、すでに三十分以上も過ぎている。急がなければ」
一期が知らぬ単語を口にした。
いや、その言葉自体は千里もうろ覚えながら記憶している。
「たしか夕方の、昼と夜が入れ替わる黄昏時をあらわす言葉だったはず。でもいまは真っ昼間だよね」
「そうだ。だいたいその認識で合っている。ただし、いまのこの状況は通常とは別物だがな」
大禍刻とは――
世界がズレた狭間に位置している、凍った時間のこと。
過去から未来へと連綿と続く時の流れ、その合間に差し込まれたひとコマにて、リアルな虚像とでもいおうか。映画のフィルムを切り貼りして修正する作業を想像すればわかりやすいかもしれない。
そして千里たち以外の生徒が消えているのは、重なったフィルムから背景だけを分けているから。
奇しくもそれは現象に巻き込まれた当初、千里が屋上で覚えた違和感と同じであった。
そんな大禍刻をわざわざ意図的に発生させる。
目的は旗合戦を行うためである。
「旗合戦?」
またもや聞き馴れない単語が出てきた。
運動会の棒倒しみたいなものであろうか、千里は小首を傾げる。
思いついたままを口すると、一期は肩をすくめ「というよりも、オリエンテーリングに近いかな」と訂正し、続けてトンデモナイことを口走った。
「あー、おまえ……たしか甲千里といったか。もう面倒だからセンリと呼ぶぞ、俺のことは好きに呼べ。でもってセンリが俺たちのチームの旗役だから」
「はぁ? ちょっと何を言ってるのか意味がわかんないんですけど」
「ちなみにセンリに拒否権はない。恨むんなら自分の先祖を恨め」
「――っ!」
いつのまにか装着されていた腕輪は旗役の証。
そして旗役に選ばれる条件は、先祖がなんらかの不徳を行ったこと。
ようはご先祖さまのツケを子孫が体で払うというシステムである。
ただでさえわけのわからない状況に巻き込まれて困惑しているというのに、妙ちきりんな役目まで押しつけられた!
千里は思い切り顔をしかめずにはいられない。
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