6 / 72
005 大禍刻
しおりを挟む青年は小娘を抱えたまま、廊下を風となり駆け抜ける。
ふわりと宙に踊り出ては、階段を二段飛ばしで降りたかとおもえば、その先の角を曲がってふたたび廊下を走る、走る、走る。
いったん外に飛び出し、すぐさま別棟へと入ったとおもったら、今度は階段をまったく速度を落とすことなく軽々とのぼっていく。
この青年、ただ者じゃない。
だが乗り心地は最悪であった。
すごい勢いにてまるでジェットコースターのよう、揺れもけっこうひどい。
ぐらぐら上下する視界、たまにくんっと横に動いたとおもったら、遠心力がズンとくる。力と圧がかかるたびに、千里の腹部に青年の腕が食い込む。
そのせいで千里はすっかり気持ちが悪くなってしまった。
「うぷっ」
危うく乙女にあるまじき失態を犯す寸前になって、青年はようやく止まった。
場所は高等部の第二校舎の三階――この棟には美術室や化学室などの他に、各教科の準備室などが集まっている。
たまたま扉の鍵が開いていた調理実習室へと滑り込んだところでポイッ、千里はようやく解放された。
床に四つん這い、産まれたての小鹿のようになっている千里に、青年はチッと軽く舌打ち、自身はいましがた入ってきた扉の脇に立ち外の様子をうかがっている。
いろいろとツッコミどころ満載の青年の言動ではあるが、千里はとりあえず――
「うぅ、気持ち悪い。……にしても、あんたってば、いったい何者なの?
いきなり連れ去るとか信じらんない。っていうか、攫うならせめて背負うか、お姫様抱っこぐらいしろ。
なに、あの雑な扱い。私は丸めたカーペットじゃないのよ」
正体を訊ねるつもりが、つい文句の方が多くなってしまったのはしょうがない。
「……そうか? 似たようなものだろう。使い古して湿気った敷物みたいなニオイがしているじゃないか」
青年のあまりの言い草に千里はあんぐり。
運動部の、それも剣道部に所属する乙女に対してなんたる暴言!
ただでさえ防具関連では、日頃から神経を尖らせているというのに。
そんな暴言を吐いた青年は、粟田一期と名乗ったものの……
「悪いがあんまりのんびりと説明している余裕がない。大禍刻が始まってから、すでに三十分以上も過ぎている。急がなければ」
一期が知らぬ単語を口にした。
いや、その言葉自体は千里もうろ覚えながら記憶している。
「たしか夕方の、昼と夜が入れ替わる黄昏時をあらわす言葉だったはず。でもいまは真っ昼間だよね」
「そうだ。だいたいその認識で合っている。ただし、いまのこの状況は通常とは別物だがな」
大禍刻とは――
世界がズレた狭間に位置している、凍った時間のこと。
過去から未来へと連綿と続く時の流れ、その合間に差し込まれたひとコマにて、リアルな虚像とでもいおうか。映画のフィルムを切り貼りして修正する作業を想像すればわかりやすいかもしれない。
そして千里たち以外の生徒が消えているのは、重なったフィルムから背景だけを分けているから。
奇しくもそれは現象に巻き込まれた当初、千里が屋上で覚えた違和感と同じであった。
そんな大禍刻をわざわざ意図的に発生させる。
目的は旗合戦を行うためである。
「旗合戦?」
またもや聞き馴れない単語が出てきた。
運動会の棒倒しみたいなものであろうか、千里は小首を傾げる。
思いついたままを口すると、一期は肩をすくめ「というよりも、オリエンテーリングに近いかな」と訂正し、続けてトンデモナイことを口走った。
「あー、おまえ……たしか甲千里といったか。もう面倒だからセンリと呼ぶぞ、俺のことは好きに呼べ。でもってセンリが俺たちのチームの旗役だから」
「はぁ? ちょっと何を言ってるのか意味がわかんないんですけど」
「ちなみにセンリに拒否権はない。恨むんなら自分の先祖を恨め」
「――っ!」
いつのまにか装着されていた腕輪は旗役の証。
そして旗役に選ばれる条件は、先祖がなんらかの不徳を行ったこと。
ようはご先祖さまのツケを子孫が体で払うというシステムである。
ただでさえわけのわからない状況に巻き込まれて困惑しているというのに、妙ちきりんな役目まで押しつけられた!
千里は思い切り顔をしかめずにはいられない。
1
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる