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002 銀のブレスレット
しおりを挟むみんな、いなくなった――
見慣れた景色、背景だけを残し、そこから人物だけを抜き取ったかのよう。
ついさっきまで、いつもの昼休みの学校だったはずなのに。
わけがわからない。
まるで悪い夢でも見ているかのようだ。
「ね、ねえ、ちょっとぉ……悪い冗談は止めてよ? ドッキリなんでしょう? マイっち、みんなぁ、どこに隠れちゃったのよぉ」
震える声で呼びかけるも返事はない。
もしかしたら近くに潜んでいるのかもと探してみたが、誰も見つけられなかった。
なんとなくいつものクセで、スカートのポケットからスマートフォンを取り出す。
画面を目にして千里は「えっ」
アンテナマークが表示されておらず、圏外になっている。
そして遅まきながら、千里は自分の左腕に見慣れぬブレスレットが装着されていることに気がついた。
帯に精緻な模様が刻まれた銀細工にて、五つの水晶の珠が等間隔に埋め込まれている。
「うわぁ、キレイ……じゃなくって! ナニコレ?」
身に覚えのない得体の知れない品。
いくら素敵なアクセサリーとて気味が悪い。
だからすぐにはずそうと試みるも――
「ふんぎぃ~、と、取れない!」
ブレスレットはまるで腕と一体化したようにピタリとくっついており、どうやってもはずれなかった。
「いったいなんだっていうのよ、もうっ!」
千里は半べそになり、その場でへたり込んだ。
……
…………
………………
十分ほども呆けていたであろうか。
いくら待てども事態は好転せず。
というか、何ひとつ変化なし。
変化なしといえば、スマホの時刻表示も止まったままであった。
「ウソでしょう。もしかしてみんながいなくなっただけじゃなくて、時間も止まっているの」
いきなり異世界に巻き込まれたヒロイン、その前に狂暴なモンスターがあらわれて……もしくは怪物に追いかけ回されるホラーテイストもあるかもしれない。
マンガやライトノベルとかではお馴染みの展開を妄想し、千里はぶるり。
が、当初感じていたような動揺はすでに収まりつつある。
戸惑い、混乱、困惑らが駆け足で通り過ぎると、意外にも冷静さが残った。
日頃の鍛錬の賜物か、案外図太い性質なのかはともかくとして。
「……あいかわらずわけがわかんない。けど、この状況がおかしなことだけはさすがにわかる。
いつまでもこうしていてもしょうがないし、とりあえず職員室にでも行ってみるか。
もしかしたら誰かいるかもしれないもんね。
と、その前に念のため部室に寄って武器を調達しておこう」
パチン!
頬を軽く張って千里は気合いを入れ直す。
その左手首にて腕輪が陽光を受けて、キラっと。
◇
剣道部の部室にて武器を入手してから、千里は職員室を目指す。
放送室に向かって校内放送で呼びかけるという案も思いついたが、検討の上でそれは却下した。
特異な状況下、何があるかわからない。ヘンなものを呼び寄せる可能性を否定できなかったからだ。
なお高等部の職員室は、第一校舎の二階にある。
武器は悩んだ末に、竹刀ではなくて引退した先輩から押しつけられ……もとい、譲られた黒檀の木刀を選んだ。手の中の重みと、黒みがかった濃い茶色の刀身がじつに頼もしい。
昼日中に無人の校内を行く。
いまのところ危険生物とは遭遇していない。
まだ明るいからよかったが、これが夜とかだったら想像するだに恐ろしい。
もっともこれはこれで不気味であるけれども。
(うぅ、いっそのこと走り出したい)
ときおりそんな衝動が起きる、不安のせいだ。
千里はその誘惑をグッと我慢する。
(あせっちゃダメ。不動心よ、不動心。ひぃひぃふぅ)
かの剣豪・宮本武蔵も「それが大事」と五輪の書でいっていたはず。
だから足音に気をつけながら、一歩一歩慎重に進む。
曲がり角ではいきなり飛び出さず、そっとのぞいては向こう側の様子を確認する。
ときおり立ち止まっては耳を澄ませて、周辺の気配を探るのも忘れない。
そのために歩みは遅々とし、ただでさえだだっ広い校内がいっそう広く感じる。
千里たちが通う淡墨桜花女学院は中高一貫校である。
教育環境や部活動に力を入れており、各施設が充実しているのが売り。
そのため敷地は広く、複数の棟があり校舎はバカでかい。廊下はやたらと長く、教室もめちゃくちゃある。
制服は可愛い。
上品で落ち着きのある紺のブレザーと腰のあたりがキュッと絞れたグレーのジャンパースカートという組み合わせ、首元が珍しく紐状のネクタイであるポーラー・タイを採用しており、これらをベースにして好みによりニットベストやパンツスタイルとかが選べる。
桜花の制服は近隣の女の子たちの憧れ、千里もこの制服着たさに本校を選んだ口であった。
文武両道を掲げる当校、鳳星華をはじめとして優秀な生徒が多数在籍しており、進学率も高く、一見すると厳格なお嬢様学校のようだが、意外にもその敷居は低く間口は広い。
どれぐらい低いのかというと、中学での成績がいまいちであった千里や麻衣子でもギリギリ高校入試を突破できるほど。
ではどうして一貫校にもかかわらず、わざわざ高校で募集をかけているのかというと、「流れない水は腐る」という創業者の理念にもとづいているそうな。
なお千里のように高校から編入してきた生徒は、外様と呼ばれている。
けれどもべつにイジワルとかはされていない。
良くも悪くも本校は実力主義、ただ区別されるだけである。
職員室へと向かう道すがら。
千里はいくつかの教室に立ち寄ってみた。
食べかけのお弁当、読みかけの雑誌、広げられたお菓子の袋、未開封のスープ缶はまだほんのり温かい。机の上に並べられた数学のノートは、宿題を写させてもらっている途中のものだろう。
ついいましがたまで生徒たちが居た痕跡がありありと残っており、人間だけが忽然と消えてしまっている。
「……どこも似たようなもんか。まるでメアリー・セレスト号の事件みたい」
詳細は割愛するが海の都市伝説でお馴染みの話を思い出し、千里はげんなり。
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