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045 猿芝居、閉幕 木霊
しおりを挟む貴方は判断を誤った。
健斗からじっと見つめられて、頼人は混乱する。
いつ? どこで? 自分はいったい何を間違えた?
道化っぷりがツボにはまって桐谷陽太を掘り下げ、扱き下ろす記事を乱発したことか。
陽太と関わることで道を踏み外し、姿を消した杉浦彩子の失踪に疑問を抱いたことか。
そんなふたりに翻弄され、一度は絶望の縁へと追いやられた青年に興味を持ったことか。
甘い汁が吸えそうだと安易に考え、飼部健斗という若者にちょっかいを出したことか。
つい面白がって取材に熱を入れるあまり、健斗を捨てた母親の季実子と接触したことか。
場を荒らされてはかなわない。手綱を握り利用する目的で、季実子という毒母と手を組んだことか。
季実子と健斗、生き別れの母と息子の再会という嘘企画を口実に、健斗の懐に潜り込もうとしたことか。
わざわざ闇バイトでメンバーを募り、いざともなれば数で脅そうとたくらんだことか。
思い当たる節は多々ある。
視界がぐにゃりと歪んだのは、恐怖により滲む涙のせいだ。
ぐるぐると考えが巡る。
頼人の頭の中はぐちゃぐちゃにかき回されている。
だから、思いつくかぎりのことを白状しては、頼人は許しを請うた。「助けてくれ」と土下座をして涙ながらに懇願する。こうなったら恥も外聞もない。ただただ死にたくない一心であった。
けれども健斗は小さく首を振る。
「違いますよ、佐々木さん。そんなことは些末なことなのです。……まだわからないのですか? 貴方がいったい何を誤ったのかが」
頼人が誤ったこと……
それは拳銃を手にしたこと。
もしもあそこで武器を取らずに、交渉を持ちかけてくるだけの分別があれば、健斗は穏便にことを済ませるつもりであった。
たしかに佐々木頼人がこれまで行ってきた脅迫行為は、卑劣極まりなく、唾棄すべきこと。
とはいえ自分にはまるで関わりのないことであった。
所詮はつまらないケチな小悪党である。
けれどもその仕事ぶりには関心させられた。入念なリサーチにて獲物への理解を深め、絶妙な匙加減により絞りとり、確実に報酬を得ていた。ずるずる長引かせることもなく、無闇に寄生もしない。引き際をちゃんと心得ている。貰う物さえ貰えれば、けっして約定を違えない。
脅迫相手とのやりとりの際には、出された飲食に一切口をつけない用心深さも高評価であった。
性根は腐っているが、小悪党なりに仁義は通している。
書く記事こそはとんだ三文記事にて評価に値しないものの、ルポライターとしての調査能力はなかなかのもの。
だから、もしもあそこで銃ではなくて言葉を選ぶしたたかさを見せていたら、健斗は彼を仲間に引き込むつもりであった。
けれども、最後の最後で我が身可愛さから化けの皮が剥がれてしまった。
安易に暴力に走るような輩は必要ない。
「……本当に残念ですよ、佐々木さん」
淡々と告げられ、頼人は両膝から崩れ落ちる。
「そ、そんな……。ま、待ってくれ! だったら、これからはちゃんとするから。だから……」
頼人はなおも健斗に縋ろうとするも、それは適わない。
手をのばしふらふら近寄ろうとしたところで、両脇から素早く近寄ってきた何者らかによって、腕をとられて抑えつけられてしまった。
頼人は驚愕のあまり大きく目を見開き、瞬きをするのも忘れた。
自分を拘束したのは死んだはずの撮影クルーのうちのふたりであったからだ。
ばかりか残り三人もむくりと起きては、立ち上がったもので頼人は唖然とするばかり。
実際に死んでいるのは季実子のみにて、他はぴんぴんしている。
五人は死んだふりを装っていただけのこと。
訳が分からず絶句している頼人に、落ちていたトカレフを拾いながら阿刀田が言った。
「彼らはみな私の仕込みです。貴方たちが闇バイトを募っているのをいち早く察知して、うちの手の者を送り込みました。
あぁ、それからこの銃ですけど、万全を期すために事前に弾は抜かせてもらいました。
駄目ですよ、佐々木さん。こんな物騒な代物を車のダッシュボードのグローブボックスなんかに不用意に置いておいたら」
騙すつもりが騙されていた。それも始めっから。
すべてが仕組まれており、自分たちは相手の手の平の上で踊らされていただけ。
頼人がガックリうな垂れ放心状態となったところを、手早く縛り上げるなり、五人の贋クルーたちは速やかに撤収作業へと入った。
◇
乗車人数が七人から五人に減ったマイクロバスが遠ざかっていく。
彼らにはバスの返却の他にも、もうひと仕事頼んである。
それは佐々木頼人と山本季実子の住居の引っ越しだ。
家主不在にて、代理業者を装って家の中身を根こそぎ浚う。
いらぬ証拠や、こちらへと繋がる何かを隠し持っていたら後々バレたときに面倒になるから、そのための予防措置だ。
ちなみに今回協力してくれた五人から、事が露見することは決してない。
なぜなら彼らもまた健斗と同じ、人生の苦境を三峯房江とオイヌサマに救われた者たちだから。
四輪バギーに荷車を連結し、そこに季実子の骸と縛られた頼人を積み込み、健斗と阿刀田の二人乗りにて発進。
向かうはもちろん畏御山だ。
どうやらオイヌサマは待ちきれぬらしくて、健斗たちが猿芝居の化かし合いをしていた時に、家の周囲をウロチョロしていたもので。
小路にバギーのエンジン音が反響する。
山間部ではよく木霊が起きる。
でも返ってくるのは音だけじゃない。
荒神のお膝元。嘘を吐けば嘘が返ってくる。
ここはそういう場所なのだから……
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