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044 猿芝居、第三幕 駒鳥が鳴いていた
しおりを挟むがり、がりがりがり……
耳障りな音がする。
季実子が畳に爪を立てているせいだ。
身の内に巣食い命を蝕む苦しみから、自分を踏みつけている健斗から逃れようとしているのか、あるいはその両方かもしれない。
マニキュアで整えられた爪が割れ、生爪が剥がれ血が流れているのにもかかわらず、懸命に手を這わし続けている。
それがぴたりと止まった。
手首が不自然な形で折れ曲がり、硬直してそれきりとなった。
「おや、ようやくくたばったか。でも、おかしいな。人一倍食い意地が張っていたのに、どうしてだろう?」
動かなくなった季実子を見下ろしながら健斗は不思議がっている。
「……おそらくですが、これまでの自堕落な生活が祟って、内蔵が腐っていたのでしょう。元から半分毒に侵されていたようなもの。そのために胃や腸の働きが鈍くなっていたのかもしれません」
すっと音もなく近づいて老紳士が片膝をつく。阿刀田は呼吸や瞳孔などを調べては、季実子が死亡したことを確認しながら自分なりの考察を述べた。
凄惨な現場を前にしても、とくに取り乱すこともなく。
こともなげに会話をしているふたり。
――狂っている。
あまりのことに強い衝撃を受けた頼人はしばし呆けていたが、その時のことであった。
ヒィン、カララララララ……
外から聞こえてきたのは澄んだ美しい音色。
軽やかでのびがある。馬のいななきにも似た鳴き声は駒鳥(こまどり)のもの。
あまりにも場違いにて、これほど似つかわしくないBGMもないだろう。
でも、そのおかげで頼人はハッと我に返れた。
意識が現実へと引き戻される。
七人中、六人が死んだ。毒殺だ。頼人だけが運よく難を逃れたものの、窮地はいまだに続いている。この流れで自分だけが見逃してもらえると考えるほど、頼人もお目出度たくはない。
ふたりはへたり込んでいる頼人を放置し、手分けして他の五人の死亡を確認している。
一対二にて、狩る側と狩られる側、それゆえの余裕かはたまた驕りか。
なんにしても油断しきっているいまならば!
頼人はジャケットの内ポケットに手を突っ込むと、急いでそこにずっと隠し持っていた物を取り出した。
黒光りした鉄の塊は、一丁の拳銃であった。
トカレフ――
ずっと前に競馬場で知り合ったヤクザ者から、「俺はもう足を洗うから必要ない。欲しけりゃ、格安で譲ってやるぜ」と言われて、酔っていたノリで買い取った。
なおその元の持ち主は、頼人に拳銃を譲ってから二か月後に漁港に浮かんでいたが……
実際に使用したことはない。
あくまで恐喝の道具と護身用として所持していただけのこと。
トカレフはいたってシンプルな構造をしており、安全装置などはついていない。相手に銃口を向けて、ただ引き金をひくだけでいい。
「う、動くな!」
震える銃口を向けられて、健斗はきょとん、阿刀田はすっと目を細める。
「お、俺は本気だからな。もしも、ちょっとでも怪しい動きをしたら……」
唾を飛ばし、興奮した頼人がまくしたてる。
武器を手にしたことにより、幾分気が大きくなっている。
阿刀田が「はぁ」とわざとらしく嘆息しては、肩をすくめた。
「やれやれですね。あなたはお金目的の強請りたかりと聞いていたのですけれども、いつから強盗に鞍替えしたのですか」
自分のことや近づいた目的がバレていると知って頼人はギョッとするも、いまさらであった。
すぐに開き直り、「そのつもりだったんだが、こうなったらしょうがねえ。おい、いますぐ、この家にある現金をありったけ持ってこい。でないと……わかっているな」と銃口を健斗に向けた。
すると健斗は怯えるどころか、くすくす笑いだしたもので、これには脅している頼人の方が面喰らう。
「な、なにがおかしい。言っておくが、こいつはオモチャなんかじゃねえぞ。本物だ。本物の銃だからな」
「へえ、そうなんだぁ。だったら試しに一発撃ってみてよ。そうしたら信じてあげる」
言われて頼人はカッとなった。
舐められている。小馬鹿にされたとおもったのだ。
とっくに立場が逆転しているというのに、それをまるで理解してない健斗に無性に腹が立った。嗜虐心がかま首をもたげ、どす黒い感情が湧き起こる。
だから「いいだろう」と狙ったのは健斗のすぐ脇の柱である。
撃つ相手が柱ならば臆することはない。むしろデモンストレーションにはちょうどいい。
頼人は引き金をひいた。
だがしかし……
カチリと音がしたのみにて、銃口から弾丸が発射されることはなかった。
「えっ、あれ、なんで? 不発だと、そんなバカなっ!」
焦る頼人が何度も引き金をひく。
カチッ、カチッ、カチッと虚しい音が鳴るばかりにて、やはり弾は出てこない。
その間抜けな姿を前にして、健斗がけらけらと腹を抱えての大笑いにて、阿刀田もくすりと控え目な笑みを浮かべた。
かとおもえば、急に真顔になった健斗が告げる。
「はい、アウト。残念ですよ、佐々木さん。僕は貴方の調査能力を買っていたんですが、最後の最後で貴方は判断を誤った」
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