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033 繁忙期
しおりを挟むけっして綺麗なだけではない、この世界……
毎日、必ずどこかで事件が起きている。
老齢のドライバーによる暴走事故や、煽り運転などが増えている。
窃盗、傷害、痴情のもつれ、人死の絡む凄惨な事件もわりと頻発している。
現役大臣の汚職疑惑もあった。有名企業が複数社絡んでの談合疑惑とも重なり、マスコミが騒いでおり、国会が紛糾している。
次から次へと目まぐるしい。まるで心太(ところてん)のように、でろんとみなの感心が押し流されてしまう。
さりとてこれを薄情と言うのは、いささか酷というものであろう。
みんな自分のことで手一杯なのだ。他のことなんて二の次にて、所詮は他人事なのだ。
だから世間は、忽然と消えた大学生ふたりのことなんて、すぐに忘れた。
そもそもの話、杉浦彩子はただの行方不明者扱い。捜索願こそ警察は受理しているが、率先して探したりはしない。遺体でも出てきたのならばともかく、ただの失踪人のために割く人手も予算も警察にはない。優先すべき事件は他に山とあるのだから。
一方で桐谷陽太はどうかというと、こちらはいちおう指名手配されている。
けれども、交番などにポスターを張り出すなりして、大々的に追跡しているかといえば、そんなことはない。もともとが彩子の失踪に関与した疑いから警察にマークされ、ちょいと小突いてみたら余罪がいくつもあり、なおかつ実際に大学への威力業務妨害をも行ったからこそ、警察も重い腰を上げた。
とはいえ陽太はしょせん小物である。本腰を入れるほどの相手ではない。対応もそれなりにしか行われなかった。通り一辺倒の捜査が行われただけで、ほどなくして終了する。
もしも捜査本部などが立ち上がるのならば、裏から働きかけて阻止するつもりであったと、健斗は阿刀田さんにあとから聞いた。
これで健斗の身の回りも落ちつきを取り戻すかとおもわれたが、そうはならなかった。
阿刀田さんの予想が的中する。
繁忙期が訪れたのである。
◇
「なぁ、頼むよ。少しでいいんだ。助けてくれよ」
そう言って援助を頼んできたのは、遠縁の男であった。いきなり家に押しかけて来た。
ずいぶんとやつれており、目も落ち窪んでいる。営んでいた町工場がいよいよ危ういらしい。
健斗が小学校低学年の頃に、一時期、この男のもとに身を寄せていたことがある。
男の目当ては自治体やら県から給付される子育て助成金にて、たんなる金蔓としてしか健斗のことを見ていなかった。
与えられる食事は最低限以下どころか、抜かれることもしばしば。
風呂が汚れるといって、真冬にもかかわらず庭先に放り出されては、ホースで冷たい水をかけられたこともある。暴力はもちろん振るわれた。
児童虐待……、もしも学校の先生が異変に気がついて通報をしなければ、保険でもかけられて殺されていたかもしれない。
だというのにである。
自分たちがやったことなんぞは丸っと忘れて、臆面もなく健斗のところに顔を出し、頭を下げにきた。
どうやって健斗の居所を突き止めたのかというと、知り合いのフリーライターに教えてもらったらしい。
これまでの悪行の一切が露見し、桐谷陽太がネットにて大炎上していた頃に、そのフリーライターは陽太の道化っぷりを記事にして小銭を稼いでいた。記事を書くにあたって陽太についてひと通り調べた過程で、健斗のことも知り得たのだとか。
健斗は内心で舌打ちする。個人情報もへったくれもない。あとで阿刀田さんに頼んで、そのフリーライターに釘を刺しておいてもらわないと。
にしても理解に苦しむ。
よほど追い詰められて困っているのか、はたまた本当に頭がおかしいのか。
健斗にはちょっとわからない。
でも、わかることもある。
まだ経験数は少ないが、健斗は一線を超えた解脱者ゆえに、すぐに遠縁の男の本性に気がついた。
いまはまだこうやって殊勝な態度にて「お願い」をしている。
だが自分の要望が通らないとなれば、すぐに馬脚をあらわすだろう。
口で言ってもわからないのならば昔みたいに……という魂胆が透けて見えている。
この男は何も変わっちゃいない。
あの頃のままだ。
かつて幼い健斗を笑いながら痛めつけた頃と同じ、清々しいまでの下種である。
だから健斗は――
「お話はわかりました。とりあえず、いったん休憩にしませんか。いま、飲み物を用意しますので。あっ、そういえばおじさんはたしかイケる口でしたよね? だったらよく冷えたビールの方がいいでしょう」
笑顔で愛想よくそう言えば、遠縁の男はあからさまにほっとした表情を浮かべた。
どうやら勝手に勘違いをしたようだ。そんなわけありはしないのに、どこまでも愚かだ。
席を立ち男に背を向けたところで、健斗の顔からするりと表情が抜け落ちる。
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