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023 歪愛の茨
しおりを挟む畏御山からの帰り道。
阿刀田さんの話に健斗が耳を傾けていると。
がさり――
不意に木立ちの奥から音がした。
ひょうしに健斗の意識が過去から現在へといっきに引き戻される。
音がした方に顔を向けたら、光る目があった。
「ひっ」
怯える健斗に「大丈夫ですよ。あれは鹿です」と阿刀田は言った。
「ところで健斗くんは不思議ではありませんでしたか? あの裏山の社のこと……、それから三峰の家がいかにして、これほどの身代を築いたのかを。
彼らはねえ、代々、世の中に蛆のごとく湧く不都合を引き受けては、オイヌサマに呑み込ませることで、法外な対価を得ていたのですよ」
ここに持ち込めば綺麗さっぱり、後腐れなく処理してくれる。
裏の業界ではわりと有名な話。
とはいえ、時代は変わった。
近代化にともない夜の闇は薄れ、人の明かりが朝まで消えることがなくなった。
いつまでも迷信や神隠しなんぞという言い訳が通用するわけがない。
房江の両親は娘を授かったのを機に、代々続けてきた裏稼業を辞めることにした。
こんな因果は自分たちの代で仕舞いとする。
だから房江を寮のある中高一貫のミッションスクールに入れて、都会の大学に進学することも、独り暮らしをすることも許した。そればかりか、学生時代に知り合った阿刀田信也と婚約し、婿ではなくて向こうの家に輿入れすることも認めた。
すべてはこの忌まわしい三峯の家から、娘を解き放つため。
だがあと少しというところで、両親の願いは潰えた。
でもこれはたまさかなのだろうか? それともあるいは――
「健斗くん、私はね、きっとすべてはオイヌサマの神意なのだと考えています。なぜなら……」
なぜなら、信也を処分したあと、隆と房江はふたりで逃げようとしたことが、何度かあったから。
でも出来なかった。
いつも直前になると邪魔が入る。
季節外れの台風や大雪に見舞われたり、地震が起きたり、交通網が麻痺したり。急に用事が入ることもあった。仕事だけでなく法要なども。せっかく家まで車で乗りつけたというのに、少し目を離した隙にタイヤがすべてパンクしていたこともあった。予定していた宿泊先のホテルや旅館が火事になったこともある。
そうして手をこまねいているうちに、ついに房江が畏御山でアレを見つけてしまった。
拾って持ち帰ってから、房江はアレにすっかり魅了されて心奪われてしまい、二度とこの地を離れたいとは言わなくなった。
それに――
「――抱けなかったんですよ、私は房江さんを。べつに機能不全というわけじゃないんです。他の女性ならばちゃんと勃つんです。なのに心の底から愛している、あの人とは結ばれない」
好きで、好きで、好きでたまらないのに、すぐそこにいるのに、手が届くのに、ひとつになれない。
それでも心が重なっているうちはまだ良かったが、それすらもアレのせいでダメになってしまった。
いっそのこと彼女から離れられたらよかったのだけれども、ふたりは秘密を共有する仲である。
歪愛の茨でがんじがらめとなった隆もまた、この地に囚われてしまった。
「アレは疑似餌なんですよ。この地に守り人を引き留めるための。そして私にとっては房江さんの存在がそれに該当する。
えっ? 彼女はすでに亡くなっているのに、いまだに尽くしているのはどうしてか、ですって……。それは房江さんが、というかオイヌサマのご神託なのでしょうけど、健斗くんが後継に選ばれたからですよ。
なにより彼女からの最期の頼みですからね。
ずいぶんひさしぶりでした。あの人が私のことをちゃんと見てくれたのは。つい昔を思い出して、年甲斐もなくときめいてしまいましたよ。彼女の瞳の中に映っているのが自分だけなのが、本当にうれしかった。
そんなお願いをとても無碍にはできません。
ふふふ、これも惚れた弱味なんでしょうね」
阿刀田さんがそんな惚気(のろけ)でもって昔語りを終えたところで、家の明かりが見えてきた。
それで安心して緊張の糸が切れたのか、健斗はふっと急に気が遠くなり、視界が暗転する。
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