白き疑似餌に耽溺す

月芝

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012 着信履歴

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「ちっ、またか」

 健斗は舌打ちした。
 スマートフォンに着信履歴がずらり。
 まただ。また知らない番号から電話が大量にかかってきている。
 セールスだか間違い電話だか知らないが、これが本当にしつこい。
 着信拒否にしたらしばらくは静かになる。
 けど、じきに別の番号からかかってくるのだ。無視していたら延々とかかってくる。だからそれも着信拒否にする。そうしたらまた別の……といった具合に。

 やってもやってもきりがない。
 いっそのこと自分の番号を変更するなり、解約して新しい機種に買い換えようかとも考えたが、町まで出るのが億劫だ。
 なにせこの家から町までは車で優に一時間以上もかかるのだから。諸手続きに往復のことを考えたら一日仕事になるだろう。
 そうなれば地下室のアレから、それだけ離れることになる。
 健斗はそのことがたまらなく厭だった。
 それに番号を変更したら、関係先にその旨を報せねばならず、これはこれで面倒であった。

「もしかして性質の悪い団体にでもかぎつけられたのかな? だとしたら厄介だな。今度、阿刀田さんに相談してみようか」

 弁護士の阿刀田さんとだけは定期的に連絡をとっている。老紳士はわきまえており、適度な距離感で接してくれるから、健斗の好感度はかなり高く、何かと頼りにもしている。
 だから次の時にでもと考えていたら、ちょうどその相手から電話がかかってきた。
 いつも通りに挨拶を交わしたところで、阿刀田さんが急に声のトーンを落とす。

「健斗くんと以前にお付き合いをなされていた方が、しきりにあなたと連絡をとろうとしているらしく……。どこで嗅ぎつけたのか、うちの事務所にまで問い合わせをしてきましてね」

 聞いたとたんに健斗は胃の辺りがずんと重くなった。

「あっ! もしかして、ここのところやたらと電話をかけてきていたのって……」
「電話? いったい何の話ですか、健斗くん」
「いえ、じつは……」

 これまでのことを健斗はかいつまんで説明した。
 すると阿刀田さんは電話越しにうなづきつつ。

「なるほど、彼女の仕業とみてまず間違いないでしょう。自分の携帯電話からかけても拒否されているから、大学の友人にでも頼んで借りてかけているのでしょう」
「なっ! ふつうそこまでしますか?」
「……ふつうはしません。ですがあなたにした仕打ちから察するに、あまりお行儀のいいお嬢さんではなさそうです。とりあえずこちらでも調べてみますから、健斗くんは絶対に電話に応じないように」

 阿刀田さんとのやりとりを終えた健斗は、苦虫を噛み潰したような表情になり、「なんだってんだよ、いったい!」と悪態をつく。
 忘れたはずの忌々しい過去がまとわりついてくる。
 不快だ。とても不快だ。
 アレとの日々で得た心の平穏を、いきなりぐちゃぐちゃにかき回されて不快極まりない。
 しかし健斗は思いもよらなかった。
 自分がいなくなったことで、起きた小さな波紋がおもいのほか各方面に影響を及ぼしていたことを。

  ◇

 健斗がいなくなったあと。
 大学構内では、いろんな憶測が飛び交っていた。
 自分では影の薄い存在だと思い込んでいたのだが、陽気な者が目立つように、陰気な者もまたそれなりに目立つ。
 その筆頭格である健斗が失踪同然にいなくなったことは、学生たちの間でけっこうな話題になっていたのである。

「大学を辞めた?」「えっ、辞めてないの」「休学、なんで?」「あの子に振られて自殺したんじゃなかったっけ」「傷心旅行にでも出かけたの」「ちがうちがう」「いい人に見初められたらしいよ」「ロマンスグレーの渋いおじさまと歩いてるところを見たことある」「あー、彼ってば、なんだかんだで真面目だったもんね」「そうそう、きちんと講義に出席してたし」「わたし、前にノート見せてもらったことある」「あの彼がストーカーとか、どうせデマカセでしょう」「おおかた寝取られたんでしょ」「そういえばアイツ、テニスサークルでもやらかしてたじゃん」「うわぁ、かわいそぅ」「そんなのに騙されるとか、信じられない」「アイツ、見た目だけはいいからねえ」「なんでも逆玉らしいよ」「そうなの?」「だったら、ざまぁじゃない」「だとしたら本当に見る目ないわね、あのバカ女」「調子に乗ってるからよ。いい気味」「ふふふ、自業自得ね」

 食堂や講堂、廊下、中庭のベンチなどで。
 構内のあちらこちらにて、学生たちが寄ると触れると、話題にしていたのは飼部健斗のことである。
 それに聞き耳を立てて、イライラしていたのは健斗を裏切った張本人である杉浦彩子(すぎうらあやこ)であった。

「くそっ、くそっ、くそっ! なんでよ、なんで健斗は電話にでないのよ! 私がこんなに困っているっていうのに……。ひとりだけいい目をみるだなんて、絶対に許さないだから」


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