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009 蔵の中
しおりを挟む廊下に面したぶ厚い観音扉を全開にする。勝手に扉が閉じたりしないよう、念のためにドアストッパー代わりに二リットル入りの水のペットボトルを置いておく。
おずおずと蔵の中に足を踏み入れる。
とたんに健斗は三連続でくしゃみをした。
埃のせいじゃない。急に気温が下がったからだ。喉に少し違和感を覚える。ひょっとして、空気が乾燥している?
照明は、天井から吊るされた電球がひとつきり。
橙色の灯りが届く範囲が限られており、どうにも心許ない。
陰影が濃い。隅の方はほとんど何も見えないほどである。
「暗い……懐中電灯が欲しいな。蝋燭なら仏壇の引き出しにあったけど、さすがにアレを持ち出すのは危ないし」
そんな健斗の考えを見越したかのように、入り口脇のブリキケースの上に懐中電灯があった。単一電池で動く大きめの物だ。試しにスイッチを入れてみれば、ちゃんと点いた。きっと房江さんが用意しておいたのであろう。健斗はありがたく使わせてもらうことにする。
暗闇を光が切り裂く。
懐中電灯の明かりが行ったり来たり。
暗闇に浮かびあがるのは、いくつもの木箱に行李、箪笥、ブリキケース……壁面の棚にはびっちり物が詰まっている。
「うわっ、多いな。二階もあるみたいだし、これは大変だ」
物量に圧倒されつつ、手始めに健斗は棚にあった木箱のひとつを調べてみることにする。
箱の大きさは六十センチほどで、重さはさほどでもない。
蓋をはずし懐中電灯で照らすなり、健斗はのけ反る。
中にあったモノと目が合った。
健斗は「ひっ」と小さな悲鳴をあげ、危うく箱と懐中電灯を取り落としそうになる。
だが相手の正体に気がついて、すぐに落ちつきを取り戻す。
それはおかっぱ頭の市松人形であった。和紙にくるまれて収納されてあったのが、たまさかめくれて、人形の顔半分ほどがあらわになっていたのである。
「あー、びっくりしたぁ。心臓が止まるかとおもった。まだドキドキしてる。にしても一発目でコレか……はぁ」
とんだ洗礼を受けて健斗は溜息をつき、早くもげんなりした。
ざっと蔵の一階を見て回る。
しかし地下室へ通じると思しき場所は見当たらず。
「おかしいな、てっきりここだと思ったんだけど」
床下収納の扉みたいなのがあって、そこから下に降りられるものと考えていた健斗は予想がはずれて、やや困惑する。
「――あと怪しいのは台所の納戸か」
水や保存食にテッシュやトイレットペーパーなどの生活消耗品が山積みの納戸、すべて箱買いにて独りであれば、一年ぐらい余裕で籠城できそうな備蓄がされてある。
すぐにでも小さな商店が開けそうなほどの在庫量、初めて目にした時には健斗も呆れたものだ。
もしもあの物資の下に入り口が隠れているとしたら、ものすごく面倒なことになる。
ふたたび溜息を零し、健斗は梯子をのぼり蔵の二階へと向かう。
◇
蔵の二階へあがったとたんに、健斗は目が点になった。
「なんだよ、ここ? それにあれはいったい……」
一階は物で溢れかえっていたというのに、二階にあったのは板間の中央に長櫃がぽつんとひとつきり。
黒い長櫃はところどころ塗装が剥がれ、傷みが目立つ。
だが何よりも健斗の目を釘付けにしたのは、まるで封印でもするかのようにして貼られてある御札の存在であった。
吸い寄せられるようにして、ふらふらと長櫃に近寄った健斗は懐中電灯で御札を照らしてみる。
黄ばんだ紙に綴られた筆文字と押された朱印はすでに滲んでぼやけており、よくわからない。でも描かれている絵は対象的にくっきりと残っていた。
二頭の犬らしき動物が、こちらに背を向けるようにして座っている。まるで何かを守るかのように、だがしかし……
そんな二頭の首が切れていた。
いや、より正しくは、切れていたのは御札である。
横一文字に裂けた御札の切れ目が、ちょうど閉じた長櫃の蓋と本体との境に位置しており、開閉されたことによって御札が破れたのであろう。
わざわざ御札を貼ってまで閉じ込めたからには、中身はきっとろくなものじゃない。
けど、すでに封印は解かれている。
おそらくはここですぐに回れ右をして知らんぷりをするのが、きっと正解なのだろう。
でも健斗には出来なかった。好奇心がかま首をもたげる。中が気になって気になってしょうがない。
せめてまだ御札が健在であれば、わざわざ開けてみようなんぞとは考えなかっただろう。
だがすでに封印は破られている。
ならば、ちょっとぐらい覗いてもいいのでは?
それに健斗はここを受け継いだ身である。
家主が自分の家の蔵にある物を確認するのは当たり前のこと。
ごくりと生唾を呑み込み、健斗は長櫃の蓋に手をのばす。
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