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007 クサノオウ
しおりを挟む玄関の方から回ってもいいのだが、台所の奥の勝手口から裏庭へと直接出られる。
健斗は置いてあったサンダルを履き勝手口から外へと出た。
裏庭にはウッドデッキが設置されており、周囲一面を小さな黄色い花が埋め尽くしていた。
ガーデニング……ではないだろう。育てているというよりかは、自然に根付いて増えたような光景である。
「でも悪くない。可愛いしキレイだし、このままでもいいかな」
黄色い八弁花の絨毯の間に通された短い小道を抜ければ、すぐに石段があった。
なかなかの段差にて急だ。二十二段もある。
これを登った先、裏山の中腹が拓けており、ここが境内となっている。
きちんと砂利が敷き詰められた場所の奥に、社はぽつんと建っていた。
「あれが例の社か。っと、ついでだから挨拶がてらさっそく掃除をしようかな。どれ、そうと決まれば箒を」
登ってきたばかりの石段を健斗はすぐに引き返す。
もっともらしいことを口にしたが、じつは社を目にしたとたんに、なんとなく「厭だなぁ、ここ」と気おくれする。
何がどうというわけではない。
健斗には霊感なんぞはない。ただ、サンダルで立ち入るのが躊躇われた。
せめて足下ぐらいはきちんとしておかないと、いざという時に……
そんなことを考えるだなんて自分でも変だとは思ったが、山奥にてひとりということもある。いったん戻って準備を整えることにした。
掃除道具は裏庭の隅にある物置にあった。ホームセンターとかでよく見かけるスチール製の組み立て式のやつだ。ここにシャベル、フォーク、バケツ、熊手、ホースリール、作業用の長靴などが収納されていた。物置の脇には荷運び用の一輪車も立て掛けてある。
玄関で靴に履き替え、健斗は箒を手に境内へ乗り込む。
阿刀田さんによれば、べつに社の世話は毎日する必要はないという。
けど横着をすれば、あっという間に荒れるだろう。
そうなるとかえって手間がかかる。結局のところ、毎日こまめに行うのが一番楽なはずだ。
だから健斗は社の掃除を朝の日課にしてしまうことにする。
境内にて落ち葉を拾い集め、社内の埃も掃く。
しばらく放っておかれていたわりには、きれいなものだ。蜘蛛の巣ひとつない。
おかげでものの十五分とかからずに掃除は終了する。
あっけないもので、いささか健斗はひょうし抜けした。
◇
クサノオウ――
日本各地に自生しており、黄色い小さな花を咲かせる。
しかしその可憐な見た目に騙されてはいけない。
その身にはじつに二十一種もの有毒なアルカロイドを宿す凶悪な植物である。
染み出る乳汁に触れるとたちまち皮膚が炎症を起こす。体内に入れば昏睡し、呼吸麻痺などを引き起こすばかりか、内蔵がただれて最悪死に至る。
葉がヨモギに似ており、誤食するケースが後を絶たない。
使い方次第では鎮痛剤や皮膚疾患の外用薬として有効にて、それゆえに古来より薬として用いられてきたが、用法用量の匙加減が非常に難しい。
花の盛りは五月から七月にかけて。なお稀に八重咲きの株がある。
裏庭一面に咲いていた黄色い花たち。
健斗が調べてみようと思いついたのはたまさかであった。
房江さんの部屋にて、ここをどうしたものかと思案しているときに、ふと本棚の図鑑が目に入った。
でも花の正体を知るなり健斗は愕然とする。
キレイだと思っていたあれらが、すべて危険な毒の花であったからだ。
危ないところであった。何も知らずにうっかり触れていたら、それだけで肌がかぶれていたかもしれない。
このことを調べるのにさして労力はかからなかった。
ちょうどクサノオウのページに付箋が貼ってあったからすぐにわかった。
どうやら房江さんも気になって調べていたようだ。
豊かな自然の中でゆったりスローライフだって?
とんでもない!
健斗は少々認識を改めざるをえない。
人里離れた野生に囲まれたところに住むという難しさを。
それにしてもわらかないのは房江さんである。いったい何を考えていたのだろうか。あんな花を身近なところに放置しておくだなんて。
片付けが面倒だったのか、それとも眺めている分には害がないからなのか。
「にしてもこの植物図鑑……、やたらと毒草のところに付箋が貼ってある。まさか! この家のまわりってじつは毒草だらけとか? さすがにそれはちょっと嫌だなぁ」
健斗は顔をしかめつつ図鑑を本棚に戻した。
ひょっとしたらここは毒の園なのかもしれない。
だから危険な動物も近寄ってこないのかも。
そんなことをつらつら考えると、陽の光を受けて萌える山々や息吹く草木が、豊かな自然が、とたんに恐ろしいものにおもえてきた。
とても家の周辺をぶらぶら散策する気分にはなれない。
健斗は今日はもうおとなしく家の中に篭ることにする。
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