7 / 47
006 霧夢
しおりを挟む奇妙な夢を見た――
うかつであった。山越えをしているうちに日が暮れてしまう。
月のない夜、暗い夜道を急ぐ。
すると狼の遠吠えが聞こえてきた。それに呼応するかのようにして、方々からも同様の声があがる。いくつもの遠吠えが木霊し、山が震えた。
まだ距離がある。
だからきっと大丈夫。
そう己を励まし、懸命に足を動かし続ける。
気が急いて、駆け出したい衝動がふつふつと湧く。
でもダメだ。うっかり木の根で転んで足首を痛めたらそこで終わり。
はやる気持ちを押さえて、一歩一歩、しっかり地面を踏みしめては着実に前へと進む。
でもしばらくすると奇妙な音がすることに気がついた。
ひた、ひた、ひた、ひた、ひた……
自分の足音に混じって妙な音が聞こえる。
うしろから何かがついて来ている?
おもわず立ち止まり、振り返った。
でも何もいない。あるのは森の木々と暗がりだけであった。
幻聴……、気を取り直してふたたび歩き出す。
でもしばらくすると、またしても、ひたり、ひたり。
よくよく耳をそばだててみれば、けっし空耳なんぞではない!
しかもさっきよりもずっと距離が近づいているではないか!
悠長なことは言っていられない。
いきなり走り出す。
そして手頃な木の幹に跳びつくなり、これを懸命に登り始める。
てっきり狼に追いつかれたとおもったからだ。
群れで囲まれたら、人の足ではまず逃げきれない。
助かるにはこうやって高い処に登り、連中をやり過ごすしかない。
でも運が良かった。たまさか足をかけるのに手頃な枝や瘤のある木があったもので、助かった。
必死だった。気づけばかなり高いところにまで登っていた。
降りるときにいささか骨が折れるだろうが、背に腹はかえられない。
枝にまたがり、幹にしがみつく。
ようやくひと心地ついたところで、それは姿をあらわした。
ひたっ、ずるり、ひたっ、ずるり、ひたっ、ずるり……
奇妙な音を立てながら長い体を伸び縮みさせては、引きずっている。
でも、うわばみなんかじゃない。
なんだあれは? あれはいったい何なんだ?
つい身を乗り出してしまったひょうしに、枝が揺れて葉が一枚、はらりと散り落ちた。
しまった!
かま首をもたげたそれが、こっちを見ていた。
紅い目が欄と妖しく光り、耳まで裂けた大きな口がにへらと笑う。
ずるぅり、ずるぅり、ずるぅり……
それが自分のいる木にまとわりつき、登り始めたもので、慌てて上へと逃げる。
しかし登るほどに木は先細りしていくばかり。
ついにはこれ以上進めなくなってしまった。
恐る恐る下に顔を向ければ、それと目が合った。
瞬間、ぎゅっと心臓を握り潰さたかのような痛みを覚えた。
あぁ、どこにも逃げられない。
絶望がゆっくりと這いあがってくる。
◇
ぶるりと身震い、寒さで健斗は目が醒めた。
壁掛け時計の針は午前五時五十四分を指している。
昨夜はリビングのソファーで毛布をかぶって寝たのだが、山間部の朝冷えを舐めていた。
頭が少し重い、ぼーっとする。なにやら夢をみたらしいのだが、内容はよく思い出せない。ろくでもない夢だったらしく、ひどい寝汗をかいていた。
寝る前に房江さんの古い日記に目を通したのも良くなかった。
ぶっちゃけ、ほとんど解読できなかった。
おそらくは速記というやつだろう。大部分がそれで書かれていたからだ。ところどころ思い出したかのように、日本語の文章が混じっていたものの、それすらも達筆過ぎて難解ゆえに首を傾げることもしばしば。
それでもどうにかわかったのは、彼女が畏御山という山で何かを拾ってきたらしいことと、それを地下室に運び込んだということ。
どうやらこの家には地下室があるらしい。
健斗はソファーから起きると風呂場に向かった。
昨夜は横着をして入らなかったもので、朝湯をと思い立つ。
浴槽に湯を張っている間に縁側の雨戸を開けようとしたところ、どっと家の中に流れ込んできたのは霧であった。
今朝は霧が出たらしい。
しかし凄い。家の周り一面が真っ白で埋め尽くされている。
ほとんど何も見えない。圧倒される。
じきに晴れるのだろうが、霧の中に何かが潜んでいそうでちょっと怖かった。
健斗はすぐに窓を閉じ、霧の流入を断ち切った。
◇
朝湯を堪能し、湯上りにはテレビを眺めながらトーストとインスタントコーヒーで軽く朝食を済ませる。
気づけば時刻は午前八時をまわっていた。
こんなにゆったりと朝を過ごしたことなんて、健斗にはかつてなかったことである。
窓の外に目をやれば、あれほどあった霧もすでにどこぞに失せていた。
「さて、今日はどうするかな」
家の中の整理整頓、蔵の探索、家の周辺と地理の把握、寝床の確保などなど。
そうそう、日誌にあった地下室のことも忘れてはならない。
やるべきことはたくさんある。
もっともべつに急ぐ必要はない。だが用事を片付けてしまわないと、喉に小骨が刺さったみたいでどうにも落ちつかない。
でもここで健斗は肝心な用事のことを思い出した。
それは相続の条件として提示されていたことである。
「たしか裏山だったか。祀る社があるのって」
まずは朝の散歩がてら、これから面倒をみる相手の確認をしておこくことに健斗は決めた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる