白き疑似餌に耽溺す

月芝

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005 日誌

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 持ち込んだレトルト食品で腹ごしらえを済ませたあとは、リビングのソファーに寝転がって、ぼんやりとテレビを眺めて過ごす。
 六十インチぐらいだろうか、大きな画面は高画質で鮮明である、音もいい。
 こんな僻地にもかかわらず電波はちゃんと届いており、画像が乱れることもない。
 電波といえばスマートフォンの方も良好である。Wifiもあってネット環境も問題なし。
 とはいえ、ここの環境的にはちょっとありえない。快適過ぎる。
 ひょっとしたら山中に自前で中継用のアンテナを建てているのかもしれない。

 革張りの豪勢なソファーセット、たぶんイタリア辺りの輸入家具、似たような品を家具配送のアルバイトで健斗は見かけたことがあった。
 これだけで軽く二三百万とかするんじゃなかろうか。
 さすがは高級な舶来品だけあって寝心地は抜群だ。
 健斗は仰向けになり「うーん」と手足をのばす。

「こんな上等なソファーでくつろげる日がくるとはなぁ」

 ぼんやり室内を見渡せば、目に入ったのは精緻な細工が施された欄間と、太い梁(はり)だ。古民家の名残りである。
 手の込んだ格子天井に匠の技が光る。
 なんぞと考えているうちに、健斗はうつらうつら舟を漕ぎ始めた。
 今日は一日、車の運転をしていたのですっかり草臥れている。

「お風呂は……明日の朝でいい……か……な……」

 意識が心地良い眠りへと沈んでいく。
 でもその時のことであった。

 ――コトリ。

 つけっぱなしのテレビの音にまぎれて、何かが落ちる音がした。
 はっとして健斗は跳ね起きる。
 音が家の中から聞こえたような気がしたからだ。
 田舎のこと、鼠の一匹や二匹いてもおかしくはない。
 だから気にせずふたたび横になろうとするも、すっかり目が醒めてしまった。
 ばかりか妙に気になる。どうにも落ちつかない。

「……とりあえず確認しておくか」

 健斗は無精を諦めて重い腰をあげた。

  ◇

「えーっと、たしかこっちの方から聞こえたような……」

 リビングを出て右へと向かう。
 するとわずかに開いているドアが目に入った。
 房江さんの部屋だ。

「あれ、さっき閉め忘れたのかな」

 ちゃんと閉めたのかと自問自答すれば、いまいち自信がない。
 あるいは建てつけの関係で、勝手に開いたのかもしれない。
 健斗はドアを開け、室内へと入る。

 シックかつ重厚な木製の机、壁一面が本棚となっており、そこには動植物の図鑑、日本や世界の伝奇をまとめた全集のほかに、洋書などもずらりと並んでいた。
 それらがけっして棚の肥やしではないことは、本の背表紙や角の草臥れ具合、張られた付箋などからすぐにわかった。どれも相当に読み込まれている。
 にしても外国語まで堪能とか、房江さんは本当に才媛であったようだ。
 そんな彼女が寝起きしていたベッドは畳式のがっちりした造りの物であった。
 書斎兼寝室、なかなか男前の内装である。

 床にノートが落ちていた。
 学生が授業で使うようなノートだが、よれており、すっかり色褪せている。かなり古い物のようだ。
 位置的に本棚からずり落ちたらしい。
 故人の日誌のようだが、たまさか開いていたページには、こんなことが書かれてあった。

『やってしまった……。ひと目見て気に入ってしまった。いけないことだとわかっていたのに我慢できなかった。畏御山(いみやま)から持って帰ってきてしまった。あぁ、どうしよう』

 どうやら房江さんは、山で何かを拾ったらしい。
 だが、かなり動揺しているらしく文字が震えていた。


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