白き疑似餌に耽溺す

月芝

文字の大きさ
上 下
3 / 47

002 檻の中

しおりを挟む
 
 大学を休学し飼部健斗(かいべけんと)がこの地にやってきたのは、三日前の夕方であった。
 ありていに述べれば、健斗の人生はろくなもんじゃない。
 物心つく前に両親が失踪した。
 ダブル不倫の果てに多額の借金を踏み倒して各々逃げた。
 寒々としたからっぽの部屋に、ぽつんと幼子ひとりが置いてけぼり。
 これには「金を返せ!」と押しかけた借金取りの男たちも、さすがに唖然としたという。
 そこから先は親戚中をたらい回しにされた。行く先々で迷惑がられては厄介者扱いだ。ならばいっそのこと施設にでも預けてくれたらいいものを、外聞を気にしてそれはしない。支援金や助成金目当てでもあったらしい。
 高校を卒業するまでは、とにかく息苦しかった。
 まるで小さな檻の中に閉じ込められているかのような生活だった。
 つねに周囲の顔色を伺い、身を縮こまらせては、じっと時間が過ぎるのを待つばかり。

 そんな暮らしからようやく解放されたのは、大学生になってからである。
 でもそれが勘違いだと、すぐに思い知らされた。
 檻から抜け出した先に待っていたのは、新たな檻である。
 多少、手足をのばせるようにはなったが、それだけであった。
 経済的援助などはもちろんない。奨学金とアルバイトを掛け持ちし、どうにか食いつなぎ大学に通うも、青春を謳歌する連中を横目にかつかつの日々。
 けれども、そんな健斗にも人生初の彼女ができた。
 同じ講義にて、何度か顔を合わせているうちに自然と親しくなった。
 嬉しかった。幸せだった。
 だがそんな時間はあまり長くは続かなかった。

 ふられた。

 親が金持ちの先輩に彼女を寝取られた。
 裏切ったのは彼女、悪い事をしたのは先輩だ。
 なのにふたりからは侮蔑の言葉を投げかけられ、蔑みの目を向けられ、「負け犬」とののしられた。あげくにストーカーだなんぞと、あることないことを吹聴されて、悪者にされた。大学でも肩身が狭くなり、周囲からは敬遠されたり、嘲笑されたり……
 酷い話であろう。
 だというのに不思議と怒りは湧いてこなかった。涙もろくに出やしない。
 出たのは乾いた笑いだけだった。

「ははは、僕はまた捨てられるのか……」

 どうやら自分はそういう星の下に生まれたらしい。
 クズから生まれた子どももクズ、産まれながらの不用品、定められた負け犬人生。
 だからしょうがない。
 どれだけ頑張ろうとも同じだ。
 何も変わりやしないし、変えられやしない。
 それを認めた瞬間、ぽきりと自分の心が折れる音を健斗はたしかに聞いた。

 いっそのこと首でもくくれば、この苦しい檻から解放されるのだろうか。
 ぼろアパートの暗い部屋で膝を抱えてひとり、欝々とそんなことを考えていた時のことであった。
 ブランドのスーツに身を包んだ初老の男が訪ねてきた。
 男に対して健斗が抱いた第一印象は、「まるで荒野をさすらう痩せた狼みたいだ」という妙なものであった。どこか乾いた風を連想させる人であった。
 そんなロマンスグレーの男の胸元には、ひまわりに天秤をあしらった弁護士バッジが輝いていた。

  ◇

 ある日突然のこと。
 顔も知らない遠縁の親戚から莫大な遺産が転がり込む。
 そんなドラマや小説みたいなことが、健斗の身に本当に起きた。
 僥倖をもたらしてくれたのは、父方の祖父の兄弟の娘で、健斗にとっては「はとこ」とか「またいとこ」とかいう間柄になる女性らしい。
 名前を三峯房江(みつみねふさえ)という。
 当然ながら健斗とは一面識もなく、そんな女性がいたということすらも知らなかったのだけれども、なぜだか相続人として彼女は健斗に白羽の矢を立てた。
 他にも近しい親戚筋がいたというのにも関わらず、である。
 ひょっとしたら不幸な生い立ちに同情されたのかもしれない。あるいは遺産目当てですり寄ってくる有象無象に嫌気がさして、そんな連中への当てつけなのかもしれない。
 どちらにせよありがたい話だ。
 ただし、相続するにあたって気になる条件が一つだけあった。
 それは――

『裏山にある社を粗略に扱わず、きっと大切に守り祀ること』


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲

幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。 様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。 主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。 サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。 彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。 現在は、三人で仕事を引き受けている。 果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか? 「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

処理中です...