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002 檻の中
しおりを挟む大学を休学し飼部健斗(かいべけんと)がこの地にやってきたのは、三日前の夕方であった。
ありていに述べれば、健斗の人生はろくなもんじゃない。
物心つく前に両親が失踪した。
ダブル不倫の果てに多額の借金を踏み倒して各々逃げた。
寒々としたからっぽの部屋に、ぽつんと幼子ひとりが置いてけぼり。
これには「金を返せ!」と押しかけた借金取りの男たちも、さすがに唖然としたという。
そこから先は親戚中をたらい回しにされた。行く先々で迷惑がられては厄介者扱いだ。ならばいっそのこと施設にでも預けてくれたらいいものを、外聞を気にしてそれはしない。支援金や助成金目当てでもあったらしい。
高校を卒業するまでは、とにかく息苦しかった。
まるで小さな檻の中に閉じ込められているかのような生活だった。
つねに周囲の顔色を伺い、身を縮こまらせては、じっと時間が過ぎるのを待つばかり。
そんな暮らしからようやく解放されたのは、大学生になってからである。
でもそれが勘違いだと、すぐに思い知らされた。
檻から抜け出した先に待っていたのは、新たな檻である。
多少、手足をのばせるようにはなったが、それだけであった。
経済的援助などはもちろんない。奨学金とアルバイトを掛け持ちし、どうにか食いつなぎ大学に通うも、青春を謳歌する連中を横目にかつかつの日々。
けれども、そんな健斗にも人生初の彼女ができた。
同じ講義にて、何度か顔を合わせているうちに自然と親しくなった。
嬉しかった。幸せだった。
だがそんな時間はあまり長くは続かなかった。
ふられた。
親が金持ちの先輩に彼女を寝取られた。
裏切ったのは彼女、悪い事をしたのは先輩だ。
なのにふたりからは侮蔑の言葉を投げかけられ、蔑みの目を向けられ、「負け犬」とののしられた。あげくにストーカーだなんぞと、あることないことを吹聴されて、悪者にされた。大学でも肩身が狭くなり、周囲からは敬遠されたり、嘲笑されたり……
酷い話であろう。
だというのに不思議と怒りは湧いてこなかった。涙もろくに出やしない。
出たのは乾いた笑いだけだった。
「ははは、僕はまた捨てられるのか……」
どうやら自分はそういう星の下に生まれたらしい。
クズから生まれた子どももクズ、産まれながらの不用品、定められた負け犬人生。
だからしょうがない。
どれだけ頑張ろうとも同じだ。
何も変わりやしないし、変えられやしない。
それを認めた瞬間、ぽきりと自分の心が折れる音を健斗はたしかに聞いた。
いっそのこと首でもくくれば、この苦しい檻から解放されるのだろうか。
ぼろアパートの暗い部屋で膝を抱えてひとり、欝々とそんなことを考えていた時のことであった。
ブランドのスーツに身を包んだ初老の男が訪ねてきた。
男に対して健斗が抱いた第一印象は、「まるで荒野をさすらう痩せた狼みたいだ」という妙なものであった。どこか乾いた風を連想させる人であった。
そんなロマンスグレーの男の胸元には、ひまわりに天秤をあしらった弁護士バッジが輝いていた。
◇
ある日突然のこと。
顔も知らない遠縁の親戚から莫大な遺産が転がり込む。
そんなドラマや小説みたいなことが、健斗の身に本当に起きた。
僥倖をもたらしてくれたのは、父方の祖父の兄弟の娘で、健斗にとっては「はとこ」とか「またいとこ」とかいう間柄になる女性らしい。
名前を三峯房江(みつみねふさえ)という。
当然ながら健斗とは一面識もなく、そんな女性がいたということすらも知らなかったのだけれども、なぜだか相続人として彼女は健斗に白羽の矢を立てた。
他にも近しい親戚筋がいたというのにも関わらず、である。
ひょっとしたら不幸な生い立ちに同情されたのかもしれない。あるいは遺産目当てですり寄ってくる有象無象に嫌気がさして、そんな連中への当てつけなのかもしれない。
どちらにせよありがたい話だ。
ただし、相続するにあたって気になる条件が一つだけあった。
それは――
『裏山にある社を粗略に扱わず、きっと大切に守り祀ること』
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