白き疑似餌に耽溺す

月芝

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001 跡

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 朝の日課――
 といっても、始めてからまだ二日目だけれども。
 この家の裏山にある石段をのぼった先には、小さな社(やしろ)がある。
 何を祀っているのかはわからない。
 でもこれの世話をするのが条件なので、箒(ほうき)片手にやってきたところ、健斗は大きく目を見開いた。

「なんだ、これ?」

 昨日にはなかったものがある。
 小学校の二十五メートルプールほどの広さしかない境内、敷き詰められた砂利の上に奇妙な跡がついていた。

「まるで重たい物でも引きずったような……」

 近づき、かがんで確かめてみる。
 幅は一メートルあるかないか。子どもが大人の両足首を持って、うんしょと運んだかのよう。
 緩やかな弧を描き、跡は社の方へとのびていた。

 社は小さくとも立派な造りをしている。
 だがなかには何もない。
 祭壇もなければ、ご神体もなく、起縁を記した奉納絵すらも飾られていない。
 空っぽのがらんどうだ。
 おかげで掃除は楽なのだが、健斗は社のなかが少し苦手であった。
 格子戸を開けて入るなり、明らかに空気が変わる。ひやりと肌寒く、古びた独特の臭いに接すると、とたんに気分がずんと沈むからだ。陰気の吹き溜まりとでもいおうか。
 それにこの社に出入りするたびに、誰かに見られているかのような気がするのも不気味であった。
 もちろん気のせいであろうが、とにかく健斗は厭なのであった。

 ここは山間部の奥底、陸の孤島のような僻地である。
 外部と繋がっているのは私道が一本きり。県道へと出るには曲がりくねった私道を、一時間以上もかけて車を走らせねばならない。
 私道の行き止まりは家の門前になっている。もしも外から人がやってくればすぐにわかる。だからこそ健斗は断言できる。
 いまここには自分以外には誰もいないと。

 でも本当にそうだろうか?

 ふと健斗の脳裏をよぎったのは、三日前の夕方に初めてこの地にやってきた時のこと。
 出迎える者のいない無人の家。
 玄関で靴を脱いでいるときに、不意に軒先のセンサーライトが作動して明かりが灯った。
 おおかたセンサーが動物か蛾にでも反応したのだろうと、あの時はさして気にも留めなかったが、もしかしたら誰かが先回りをして潜んでいたのかもしれない。そして健斗の様子を伺っていたとしたら。

「……なんてね。そんなわけないか。陳腐なホラーミステリーじゃあるまいし」

 健斗は小さく首をふり、くだらない妄想を捨てた。

「とはいえ、いちおう確認しておかないとな」

 地面の跡を辿るようにして健斗は社に近づく。
 見たところ格子戸はきちんと閉じられている。鍵の類はもとからついていない。
 いきなり扉を開けずに、まずは格子の隙間からそっとなかを覗いてみる。
 健斗はほっとした。
 何もいない。
 ひょっとしたら扉近くの壁際に潜んでいるのかもと、用心しつつ開けてみたが、そこにも木の葉一枚落ちてはいなかった。
 人でなければ、あとは動物の仕業ということになる。
 ぱっと思いつくのは蛇あたりなのだが、それにしては大きすぎる。
 そんな大蛇、アマゾンの奥地でもいないだろう。

「にしても、いったい何の跡なんだろう」

 健斗は首を傾げつつ、社の掃除を始めた。


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