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第十一の怪 かごめかごめ その七
しおりを挟む刃物を持った不審者がうろついている。
そのため本日の授業は三限目までにて、早引けとなった。
楽しみにしていた給食がナシになったことに不満を募らせる生徒たちがいる一方で、現状を密かに喜んでいる子どももいたりと悲喜こもごも。
一方で先生たちは対応に追われておおわらわ。
学校前の道路にずらりと並ぶのは、我が子を案じて迎えにきた親御さんたちのクルマである。自転車にまたがり駆けつけた保護者もかなりいる。
そのため校門の周辺はアイドルのコンサート会場さながらに、とてもわちゃわちゃしている。
その様子をぼんやり見ていたのは明智姉弟である。集団下校するために自分たちの所属する班の順番が回ってくるのを、整列し待っていた。
けれども、姉の麟はあることを思い出したもので「あっ!」
うっかり書きかけの原稿を部室に忘れてきてしまったことに気がつく。
べつに明日でもかまわないのだが、せっかく時間の余裕が出来たことだし、いまのうちに仕上げておきたい。なにより編集長の上杉愛理は締め切りにとても厳しいのだ。うっかり破ろうものならば……ガクブル。
だから麟は弟の蓮に「ちょっと忘れ物をしたからとってくるね」と告げて、ひとり部室へと向かった。
外とは打って変わって校内はとても静かであった。
部室へと向かううちに、じきに誰ともすれちがわなくなった。耳に届く喧騒が遠い。
生徒たちはみな校庭の方に移動を済ませており、先生たちも一部をのぞいてみなそちらにかかりきり。
ゆえに生じた白昼の空白……放課後の校舎とは雰囲気がちがう。
日常から切り取られた世界は、どこか現実味が薄くて、夢の中に迷い込んだかのような錯覚を抱かせる。
麟はちょっとだけ怖くなったもので、知らず知らずのうちに歩みを早めていた。
◇
「え~と、原稿原稿はっと、あった!」
お目当ての品はすぐに見つかった。
用事が終わったので部室をあとにしようとする麟だが、戸締りをしていたときのことである。
ふと誰かから見られているような気がした。
「はっ、もしかしたらうしろの花子さんかも」
麟はあわててふり向く。
しかしすぐにコテンと首を傾げることになった。
長い廊下の先に人影があるものの、距離が離れており目を凝らしても正体はよくわからない。
とはいえ、女の子ではないことだけはたしかだ。
背格好からしてたぶん大人の男の人……だけど先生ではない。まるで見覚えがない男性だ。
ならば迎えにきた保護者のうちのひとりで、トイレでも借りたついでに迷い込んだか、はたまた懐かしさに誘われてつい立ち入ったか。
麟が訝しんでいると、その人影がじょじょに大きくなっていく。
こちらへと歩いてきているせいだ。
近づくほどにわかったのは、その人影が黒い帽子をかぶっており、サングラスをつけているということ。
なにやら既視感のある容姿だ。でも実際に見かけたわけではなくて、人伝に聞いた話にて……
そうしている間にも、大股にてずんずん近づいてくるサングラス男。
歩くたびに前後にだらだら揺れる両腕、うちの右手のほうにギラリと剣呑な光りを放つ物を見た瞬間、麟は心底ゾッとした。
今更ながらに相手の正体に気がついたからだ。
刹那、パッと思い浮かんだのは五つのお約束「いかのおすし」である。
知らな人について『いか』ない。
――もちろん!
声をかけられてもクルマに『の』らない。
――わかっているけど、いまじゃない!
知らない人に連れていかれそうになったら、『お』おごえをだす。
――そうしたいのは山々だけれども、焦るあまりうまく声が出せない! 大きな声で叫ぶのって簡単そうで、じつはとてもむずかしいのかも。
声をかけられたり、追いかけられたら、『す』ぐに逃げる。
――足がすくんでいるけれども、そこは気合いと根性で!
怖いめにあったり、見たら、すぐに大人に『し』らせる。
――肝心なときに近くにいないじゃない!
頭の中で思考がぐるぐる回る。
でも考えるよりも先に体が動いてくれた。
麟はきびすを返すなり駆け出す。もちろんサングラス男から逃げるためだ。
けれども悲しいかな、大人と子どもとでは歩幅や走るスピードがまるでちがう。
タタタと麟が懸命に走ろうとも、背後から追ってくる足音をちっとも引き離せない。
どころか、むしろ近づいている!
麟はまるで生きた心地がせずに、ただがむしゃらに走り続けるばかり。
だが健闘むなしく、無情にものびてきたサングラス男の手が、麟の肩へといまにも掴みかかろうとしていた。
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