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月芝

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第九の怪 貝吹き坊 その二

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 それはたまたまであった。
 第二編集部の部室にて、四年生コンビと里見翔が話題にしていたのは、豆腐売りのラッパの音のことである。

「あのラッパの音って『ト~フ~、ト~フ~』って聞こえるんだよなぁ」
「フフッ、ですね。でも実際のところはどうなんだろう? わざとそういう風に聞こえるように鳴らしているのかな」
「う~ん、どうだろう……。っていうか、みんながみんな決まってあの音なのよね。業界で決まりでもあるのかしら、それにいつ頃から始まったんだろう」

 なんぞと豆腐売りのラッパの音談義に花を咲かせていたら、自分の机で学校側に提出する部の予算申請の書類と格闘していた上杉愛理が顔をあげて、奇妙なことを言い出した。

「あぁ、あれか……たしか始まったのは明治頃って話だったはず。でも、いつ誰が始めたのか、どうしてあのメロディになったのかはよくわかっていないらしい。
 でもって、よくわかっていないのは、それだけじゃないぞ。
 おまえたちもたまに町中で耳にしているだろうけど、この中で実際に豆腐売りを見かけたり品物を買ったりしたことがある奴、いるか?」

 これに三人は揃って首を横に振る。
 言われてみれば、たしかに音はすれども姿は見せず。
 気にはなっていたけれども、わざわざ買い求めるほどでもないから、適当に音色を聞き流すばかりであった。
 自動車ではなくて自転車を使った、昔ながらの豆腐売りの移動販売。
 映画やドラマにマンガなどで知識としては知っているが、麟たちも実物は拝んだことがなかった。

 じつは愛理、三年生時に下校中にわりと近くから例のラッパ音が聞こえたことがある。
 聞こえたのは先の角を曲がった辺りであった。
 だがしかし……

「いなかったんだよねえ、豆腐売り……」

 曲がり角までの距離はほんの三メートルほどしかなかった。
 どれだけちんたら歩いていても、曲がるまで一分とはかからない。
 しかも角を曲がった先はしばらく直線になっており、脇道の類はひとつもない場所であった。身軽なネコならばどうにか通り抜けられそうな隙間はあるが、さすがにリヤカーを引いた自転車が通るのは無理である。
 でも、この時は愛理もさして気にしなかった。
 おおかた町中を音が反響して、自分のすぐ近くで鳴ったように聞こえただけだとおもったからだ。それに豆腐売りにさして興味もなかったもので。

 でも、ことはそれでは終わらなかった。
 しばらく経ち、そんなことがあったこともすっかり忘れていた頃のことである。
 ふたたび同じような状況に遭遇する。

 ピィ~~~~♪
  プゥ~~~~~~♪

 ハッとした愛理は何を思ったのか、いきなり駆け出した。
 持ち前の好奇心が騒いだか、あるいは気まぐれを起こしたのかは、今となってはもうよく覚えていない。
 ただ、わかっていることといったら――やはり豆腐売りがいなかったことだけである。
 すぐそこの左の曲がり角の奥から、ラッパの音はたしかに聞こえた。
 だから愛理は走った。
 でも、またしてもその姿を捉えることはできなった。
 その路地は行き止まりになっており、どこにも身を隠す場所もなかったというのに、である。

「二度続けての空振りだろう。だから当時の私もちょっと意地になって、『今度こそは』と身構えていたんだけど、そういう時にかぎってちっとも遭遇しなくってねえ」

 そのうちべつのことに興味が移って、それきりとなってしまっていたという。
 けれども、三人の話を耳にしているうちに当時の記憶が鮮明に蘇った。
 しかしあらためて思い返しみると、なあなあで済ませるのなんて自分らしくない。
 愛理は内心で小首を傾げつつ。

「よし! せっかくだから、リベンジといこうか? 今度こそそのツラをみんなで拝んでやろうじゃないか」

 と、愛理はにへら。
 いい機会だから、『エリマキトカゲ通信』の記事として、昔ながらの豆腐売りのことを取りあげようと言い出す。
 麟たち三人も「ちょっとおもしろそう」と乗り気になり、副編集長の村上義明にも相談したところ、彼も賛成したもので、第二編集部は豆腐売りを追うことになった。
 愛理、義明、翔、麟、美空の五人はさっそくその日の放課後から、手分けして豆腐売りの姿を探すべく、町中へと散らばったのだけれども……

 意気込みも虚しく、初日はなんら成果なし。
 空振りに終わった。


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