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第八の怪 地獄谷峠のオオカミ その八
しおりを挟むいつものごとく朝の登校時のことである。
通学路はワイワイとランドセルを背負った子どもたちで賑わっている。
「おはよう、リンちゃん」
「おはよう、ソラちゃん」
美空と麟は途中で行き合ったもので、いっしょに学校へと向かっていた。
「そういえばリンちゃん、今日は調子良さそうだけど、もう肩こり治った?」
「あー、うん。昨夜まではダルかったんだけど、ネットを見ているうちに、急にフッと軽くなったとおもったら、すっかり良くなっちゃった」
子ども狼の頭蓋骨の行方がずっと気になっていた麟は、弟の蓮からタブレットを借りてはときおり、それっぽいのが出品されていないか、ネットオークションやフリマサイトなどをチェックしていた。
そのうち、いくつかそれっぽい品を発見するも、そこから先が進まない。
出品者に訊ねたところで素直に答えてくれるわけもなく、なんら確信も得られず、手詰まりにてモヤモヤするばかりであった。だから、今日あたり部のみんなに相談しようと考えていたのだけれども。
「ふ~ん、そうなんだ、ふ~ん……そっかそっか。でも治って良かったね」
なにやら含みのある物言いである。
美空の態度に麟は内心で「?」と小首をかしげるも。
「うん。でも、まさか小学四年生で肩こりになるとはおもわなかったよ。ははは」
ふたりはそんな会話をしながら、生徒らに混じって校門をくぐる。
するとそこへ「おーい」と駆け寄ってきたのは五年生の里見翔である。
えらく慌てた様子にて、いったい何事かとふたりがいぶかしんでいると、翔は「ぜえはあ」息を乱しながら言った。
「た、たいへんだ! あのオオカミの頭蓋骨が消えてしまったって」
地獄谷峠のハイキングコース脇にて発見された石櫃と狼の頭蓋骨は、隣町の役場にて一般公開されている。
ちゃんとガラスのショーケースに入れて展示しており、鍵もかけてあった。
それが今朝方、職員が役場に登庁してみると石櫃はそのままに、頭蓋骨だけが忽然と姿を消していたという。
鍵はしっかりかかっており、ケースにもヒビひとつついていない。
住民たちの情報を扱っているので夜間の役場の戸締りは厳重にて、不審者が立ち入った形跡もなく、防犯カメラにも何も映っていなかったという。
翔によるとインターネットのローカルニュースを扱う掲示板では、はやくもその話題でもちきりなんだとか。
これには麟と美空もおもわず顔を見合わせ、驚きを禁じ得ない。
だが、ことはそれだけに留まらなかった。
じつは母狼の頭蓋骨が消失した直後に、隣の県の某所にて不可解な出来事が発生していたのである。
◇
昨夜、隣の県の某所にて――
「ひぃいぃぃぃぃ、た、助けてくれ~」
交番に駆け込んできたのは、足から血を流している背広姿の男性であった。見た目はサラリーマン風にて、いかにも仕事帰りといった感じ。
だが、足の傷が異様であった。
まるで大きな獣にでもかじられたかのような傷にて、だらだらと血が流れている。
野犬にでも襲われたのか? あるいは猪? さすがに熊ではないと信じたい。
「いったいどうしたんだ? 何にやられた?」
警官は問い質すも、男性はパニックに陥っているのか「オオカミが! オオカミのお化けが出た! ごめんなさい! ごめんなさい!」と泣きながら意味不明な言動を繰り返すばかり。
じたばた暴れるもので、ますます血が流れる。
さすがにこのままではマズイと判断した警官は、同僚らと男性の身柄を抑えつつ、すぐに救急車を手配した。
病院に運ばれ治療も済み、男性がある程度落ち着いたところで、警察は再度「いったい何があったのか?」と訊ねると、男性はまるで憑き物が落ちたかのように、淡々と語ったのは、地獄谷へとキャニオニングへと出かけたおりに、とある獣の頭蓋骨を販売目的で拾って帰ったことと、以降、自分の周囲で起こった不可思議な現象の数々について。
当然ながら警察は首をひねり、違法薬物の線も疑ったが検査結果はシロ。
いちおう男性の許諾を得て家の方も調べたのだけれども、そちらでも何も出てこなかった。
そう、何も出なかったのである。
違法薬物どころか、彼が持ち帰ったという獣の頭蓋骨も……
結局、この件はうやむやのうちに幕引きとなった。
役場から忽然と姿を消した母狼の頭蓋骨。
地獄谷で拾ったと主張する男性のもとから消えた獣の頭蓋骨。
ともに消息は不明である。
しかしいろいろ符合することが多く、目敏いものはこのふたつの事件を結びつけては「犬子母神の社の祟りだ!」と騒ぎ、一時はローカルニュースを扱う掲示板を賑わしていたが、それもすぐに下火となった。
でも、それと入れ替わるようにして、こんな話が聞こえてくるようになった。
なんでも、満月の夜のことだ。
地獄谷峠にときおり仲良く駆ける二頭の狼の幻があらわれるんだとか……
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