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第八の怪 地獄谷峠のオオカミ その二
しおりを挟む地獄谷峠……
いかにもおどろおどろしい名前だが、べつに地獄があるわけじゃない。その由来はかつての悪路ぶりからきている。
鬱蒼としげる森にはオオカミたちが住みつき、起伏が多く急な斜面は歩きにくく、日中でも不気味で、急に濃い霧が垂れ込めることもあり、夜になれば自分の足下もおぼつかなくなるほど暗くなる。健脚を誇る行商人や修験者でもヒィヒィいいながら越えねばならぬ。
ゆえにいつの頃からか、そう呼ばれるようになっていた。
だがそれも遠い昔のことである。
いまや山を削り、アスファルトの立派な道路が通されている。
そんな地獄谷峠の道路だが、かつての悪路ぶりの面影を残すうねり具合から、走り屋と呼ばれる者たちより熱烈な支持を集めている。
夜な夜な集っては、公道レースに明け暮れ、コーナーを攻めては麓まで降る速さを競う。
もちろん無許可にて、危険な暴走行為だ。実際のところ事故も頻発している。
こうなったら警察だって黙っちゃいない。
不定期に一斉検挙を行っては、取り締まりを強化している。
某日夜更け、場所は隣町は北部にある地獄谷峠にて――
署をあげての交通違反の取り締まりが行われていた。
交通課のみならず、各部署から応援要員を集めての気合いの入れよう。
刑事課の三好之徳もまた応援にかりだされていたのだけれども……
夜更けの峠にパトカーの赤ランプが灯り、多数の警官らが配置についていた。
そうとは知らずにのこのこやってきた走り屋たちが、次々と検問に引っかかる。
こうなると案外大人しいもので、ほとんどの者たちは素直に警官の指示に従う。
だが、ときおり言うことをきかないはねっ返りもあらわれる。
制止を振り切り、検問を強硬突破して逃げようとする者が。
「おらーっ! とっとと止まりやがれ。往生際が悪いぞ、どうせ車載カメラでばっちり撮ってるんだから、逃げるだけ無駄だぁー!」
逃亡をはかったのはバイク五台の小集団だ。
これを追いかけていたのはパトカーに乗車している之徳であった。搭載されているスピーカーにて、停車を呼びかける。
深夜に繰り広げられる追走劇。
すると、そのさなかのことであった。
ワォオォォォォーン!
どこからともなく聞こえてきたのは獣の遠吠えである。
ハンドルを握っていた之徳は、なにげにサイドミラーを見て、ギョ!
背後から猛然と近づいてくる何かがいたからだ。
よくよく目を凝らしてみたら、それはオオカミであった。
半透明の大きなオオカミが躍動し、あっという間にパトカーを追い抜いたとおもったら、前方を走るバイクの小集団へと近づいていく。
ばかりか、その小集団を蹴散らすかのごとく、真ん中をシュタタタと駆け抜けて行くではないか。
まるで疾風のよう。
後方よりまくられ、追い越されてぶっちぎられたバイク乗りたちは、あんぐり。
速さを信奉している彼らは驚きと衝撃により、自然と速度を落とし、じきに停車した。
そこに之徳が追いつく。
ずんずん遠ざかっていったオオカミの背中は、すぐに夜陰の彼方に消えた。
これを見送ることになった一同は「いったい何だったんだ?」とそろって首を傾げた。
峠に奇妙なオオカミが出たなんて話、当然ながら上が認めるわけもなく、之徳およびバイク乗りたちの証言は黙殺された。
だが、この日以降、夜更けの峠にてオオカミを見たという話がちらほらと聞こえるようになっていく……
◇
叔父から話を聞いた松永美空は、このネタを第二編集部に持ち込んだ。
これを受けて編集長の上杉愛理は即決する。
「地獄谷峠のオオカミか……。いいねえ、おもしろそうだ。よし、次の企画はそいつでいこう!」
かくして第二編集部の面々は、オオカミが絶滅へと追い込まれた悲しい歴史を紐解き、峠での危険な暴走行為を糾弾しつつ、怪異の真相に迫ることになった。
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