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月芝

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第八の怪 地獄谷峠のオオカミ その一

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 ここのところ第二編集部の編集長である上杉愛理はすこぶる上機嫌だ。
 我らが『エリマキトカゲ通信』の新号の反響がいいからである。
 意図せずして特集記事を二本立てにしたのが、功を奏す。

 雛形パークの幽霊屋敷の件に関しては記事にするにあたって、事前に武田麗華を経由し園側に原稿をみせておうかがいをたてたところ、快諾された。
 寂れたアトラクションにあらわれる、心優しい子守り幽霊譚。
 この話が、ことのほか雛形パークの偉い人の胸にキュンと刺さったらしく、つつがなく発表へと漕ぎつけられた。
 なお記事を発表して以降、幽霊屋敷に足を運ぶ客がぼちぼち増えているという。
 もちろん、優しい子守り幽霊を困らせないようにとの注意喚起はしっかり行っている。
 でもって、もうひとつの同時掲載された記事の内容はというと……

 こちらは蝋人形の館にまつわる奇妙な話であった。
 第二編集部のメンバーらが揃って雛形パークを訪れたあの日、松永美空と明智麟の四年生コンビが午前中の自由時間に、蝋人形の館にてじっくりと堪能したのは、新たに引き取られたという七体の生き人形たち。
 幽霊屋敷での検証調査をひとしきり終えたあとのことである。
 その超絶技巧は一見の価値あり。
 美空と麟から人形のことを聞いた愛理が興味を覚えて「ほう、それほど見事な造りなのか。よし、せっかくだからついでに拝んでいこう」と言い出し、みんなで見に行くことになった。
 だがしかし、いざ行ってみると人形が六体しかない。
 一体足りない……鏡台の前に座る浴衣姿の女の生き人形が消えていた。

「あれ、どこにいったのかしら?」
「たしかにさっきはそこにあったよね」

 首を傾げる美空と麟。生き人形はどれもよく出来ているけれども、あの女のぞくりとする艶めかしさは別格であった。
 それがいくら探しても見つからない。
 もしかしたら何らかの事情にて、いったんバックヤードへと引っ込めたのかもしれない。
 そう考えて麟たちは、蝋人形の館の受付にいた女性の係員に「すみません」と声をかけ、訊ねてみたのだけれども……

「あら、あなたたち……、今度はお友達を連れてきてくれたのね、ありがとう。
 えっ、七体目の生き人形? 鏡台? 浴衣姿の女?
 いったい何のことかしらん。生き人形の展示は六体だけよ」

 女性の係員は不思議そうな顔をしており、そこにウソや誤魔化しは微塵もみられない。
 だとしたら、あの浴衣姿の女の人形はいったい何だったのであろうか。
 美空と麟はぽかんとなり、この話に「ほほう」とあごに手をあて「じつにおもしろい」と愛理がにへら。
 かくして予定を変更して、次の特集は二本立てでいくことが急遽決まったという次第であった。

  ◇

 ここのところ第二編集部の編集長である上杉愛理はすこぶる機嫌が悪い。
 上へと向けてボールを投げれば落ちてくるのが当たり前のごとく、『エリマキトカゲ通信』の三日天下が終わったからだ。
 毎度のことながら落差が激しい。
 加えて今回は武田麗華が率いる第一編集部の『パンダ通信』も動く。
 まるでこちらの失速を後押しするかのごときタイミングにて、占い特集をぶつけてきた。
 近頃駅前でよく当たると評判の占い師・マダム紅花(べにか)。
 彼女監修の記事は、ただでさえ強い女性の読者層のみならず、恋愛を絡めることで男性層をもごっそり取り込む。おかげで校内にはラッキーアイテムを持った生徒たちだらけ。
 武田麗華にまんまとしてやられた愛理は、激しく頭をかきむしっては「お~の~れ~」と地団駄を踏んで悔しがった。

 こうなるとすぐにでも次の特集記事を打ち上げたいところだが、地元の都市伝説的なものの検証をする企画という内容ゆえに、一朝一夕とはいかない。なにより、そう都合よく手頃なネタが落ちているわけもなく……
 第一編集部はしばし悶々とした時間を過ごすこととなった。

 このうつうつした状況を打破したのは、とある筋からもたらされた情報である。
 情報を持ち込んだのは松永美空の親戚筋だ。
 母方の叔父にあたる三好之徳(みよしゆきのり)。麟も面識がある男性にて、いつもしわの入った背広を着ており、ちょっとだらしないけれども、気のいい大人だ。でもってそんな彼の職業は刑事である。隣町の警察署に勤務している。
 之徳は非番のとき、ちょくちょく美空の家に遊びにきては食事をたかる。

 つい先日のことだ。
 いつものように晩御飯のご相伴にあずかっていた之徳が会話の中で、こんなことを口にした。

「じつはこの前、地獄谷峠で交通違反の一斉検挙をやったんだけど、そこで奇妙なもんをみた。あれはたぶんオオカミだったとおもう」

 現在、日本にオオカミは存在していない。
 乱獲により絶滅したからだ。
 ときおり目撃証言が挙がっており、いまだに生存している説もあるが真相はわからない。
 でも、そんなのが隣町の峠にあらわれた?
 俄然、興味を覚えた美空にねだられるままに、之徳はその時のことを語った。


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