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月芝

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第六の怪 女王からの挑戦状 その二

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 後日、麗華の手紙に書かれていた通りに、武田家からとある品が慶瑞寺に届けられた。
 五十センチほどの大きさの木彫りの仏像である。
 おそらくは菩薩さまをかたどったもの。

 では、どうしておそらくなのか?

 それは酷く焼け焦げており、ほとんど炭化していたからである。
 シルエットからそれとなく察せられるが、ご尊顔もわからないほどに無惨な姿となっている。

 この黒い菩薩像が発見された経緯はこうだ。
 市内に住む武田家の親戚筋の者が、このたび家を建て直すことになった。長男夫婦との同居を期に二世帯住宅を建てることにしたのだ。
 その解体作業中に屋根裏から発見されたのだという。
 ぼろ布にくるまれた状態で見つけたのだが、開けてびっくり仰天!

 誰かなんぞ心当たりはないかと家人らは話し合うも、みな首を傾げるばかり。
 布の様子からして数十年、いや、もしかしたら半世紀以上も経っているのかもしれない。
 となれば話は戦中戦後のこと、先代や先々代の時代にまでさかのぼる。
 こうなるといまの家の者たちには、とんとわからない。

 にしても、なんとも薄気味悪い話だ。
 いままでそんな存在が頭の上にあることも知らずに、暮らしていただなんて……
 ゾッと肌を粟立てた家人らは、気持ちの悪い仏像なんぞはとっと捨ててしまいたい。
 いっそ燃えるゴミの日にでも捨ててしまおうか。
 となったところで「ちょっと待った!」といったのは家人うちの誰か。

「こういうのってちゃんと供養しないと、ろくなことにならないって話をよく聞くぞ」

 代々庭の隅で祀っていた小さなお稲荷さんの世話をおろそかにし、ついには放置して雨風に晒されるままにしていたら、家運がいっきに傾いた。
 花も供えず、水も変えず、線香も灯さない。仏壇を粗略に扱っていたら、先祖が怒って祟って、夜な夜な枕元にて「うらめしや~」
 遠方だからと墓参りにいくのを面倒がっていたら、家族に次々と不幸が起きた。挙句の果てには自分も原因不明の病気に悩まされることになる。
 心霊写真を面白がって茶化していたら、一緒になってふざけていた者らが次々と不幸な目に合う負の連鎖が起きた。
 ……などなど、古今東西、昔からこの手の話は枚挙にいとまがない。

 せっかく新居を建てるというのに験の悪いのは困る。
 粗末に扱って罰が当たるのはもっと困る。
 さりとて、こういう場合、どこに処置を頼めばいいのやら。
 試しにインターネットで調べてみたら、それらしい業者がごまんと検索にヒットしたが、よくよく調べてみると、どれもこれもが何やら胡散臭い。
 あせる余り性質の悪い詐欺に引っかかったり、怪しいカルトなんぞに関わって、軒先を貸して母屋を取られてはたまらない。
 そこで親戚の家の者らは、本家筋の刀自を頼ることにする。
 すると相談された刀自は「わかりました。でしたらうちで預かって、信頼できるしかるべき筋に任せましょう」と請け負ってくれた。
 かくして武田家を経由して、松永美空の実家である慶瑞寺に黒い菩薩像はやってきた。

  ◇

 物が物なだけに、さすがに学校には持ち込めない。
 だから放課後、第二編集部の部員たちは慶瑞寺に集合した。
 事前に美空の父親である住職には了承を得ている。
 部員たちは広々とした本堂にて、黒い菩薩像を囲んで車座となる。

「これが麗華が寄越したブツか。にしても、ひどい有り様だな。せっかくのべっぴんさんが台無しだ」

 焼け焦げた菩薩像を手にしては、返すがえす眺めているのは六年生で編集長の上杉愛理である。タフでデキる上級生は物怖じすることなく、ベタベタ仏像に触れまくる。大胆に、けどけっして粗略には扱わない。

「どれ、これが像がくるまれていた布か。ほぅ、おもったよりも厚手でしっかりしているな」

 表面は色褪せ、年を重ねたぶんだけ薄汚れ、たしかにぼろ布と言えなくもない。
 けれども木綿の裏地や縫い目はかなりしっかりしている。
 布を手に取って調べていたのは、同じく六年生で副編集長の村上義明だ。
 大柄ですでに小学生ばなれした体躯を誇る義明は、見た目通りにて胆もかなり据わっており、愛妹のこと以外ではまず動じない。

 そんな六年生の男女にどん引きなのが、五年生の里見翔である。

「ふたりとも、よくそんな気味の悪いものを触れるね。呪われたって知らないから。
 ……って、あれ? その布、なんか見覚えがあるような」

 しばしウンウン考えていた翔がポンと手を打つ。

「あっ、思い出した。それって、たぶん防空頭巾じゃないかな。まえに夏休みの宿題で調べたときに、市内にある記念館で現物をみたんだよ」

 戦時中の品々や、出兵名簿、戦没者たちの遺品や残した手紙などを集めて、追悼と慰霊、それから二度と同じ過ちを繰り返さないための教訓として展示してある記念館。
 ちなみに防空頭巾とは、落下物や破片の衝突から頭部を守ることを目的とした布製のかぶり物のことである。
 ぶっちゃけ防御力は期待できない。でも水に濡らしてかぶれば、火事場から逃げる一助となるので、戦時中には各家庭の必需品とされていた。

 黒い菩薩像は、そんな防空頭巾にくるまれていた?

 そうなると自然と連想されるのが、像が焼けた原因だ。

「やはり空襲……でしょうか」

 つぶやいたのは四年生の松永美空である。
 ことがことなだけに、口調にいつもの歯切れの良さはなく、声のトーンもやや低め。
 それも無理からぬことだ。
 なにせ第二次大戦中に空襲にて本土は焼け野原となり、五十万近い数もの人間が亡くなったのだから。それも大半が民間人である。
 いかに過ぎたこととはいえ、軽んじて論じれることではない。

 その戦火を潜り抜けてきたと考えると、いまの黒い菩薩像は何やら物悲しげに見えてくるから、人の目なんぞはあてにならない。
 先輩らの手を経て回ってきた像を、四年生の明智麟は恐る恐る受け取った。
 女王からの挑戦状によれば、この像にまつわる謎を解いてみろとのことであったが……

 特に深い考えもないままに、やおら麟は菩薩像を軽く振った。
 謎というからには、この像には何かがあるはず。
 だからとりあえず振ってみたのだけれども、とたんにカタコト音がする。

「あれ? この中に何か入ってるみたい」

 これには麟自身も驚き、みなも目をぱちくりさせた。


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