竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~

月芝

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 まばたきの間に、押し込んできた賊たちがみな制圧され、代わりに自分たちを見下ろしていたのは揃いの格好をした黒装束の集団。みな覆面で顔を隠しており、正体はわからない。
 アンスロポス族とはちがうことはわかる。それどころか、テリオン族、レピ族、フェリガ族などとも異なっている。
 どうしてそこまで推察できるのかといえば、それはオーイ女史が芸術家として培ってきた観察眼による。
 よく見て、細部にまで目を通し、観察し、ときに内面にまで想いを馳せ、構造を理解し、対象をより深く知ることは創作の基本だ。
 秀でた芸術家だからこその見識。
 ゆえに気がついた。
 立ち姿、仕草、骨格、存在感……
 自分が知るいかなる種族ともちがう。

 オーイ女史は大きく目を見開いては驚愕の表情を浮かべ、家族たちも怯えて身を寄せ合っている。
 そこへ「ふぅ、間に合ってよかった」と彼女に声をかけてくる者がいた。
 ジュドーくんだ。

「安心してください。我々は貴女の味方です。さる御方の命により馳せ参じました」

 その言葉通り、ジュドーくんはすぐに彼女の手足を縛っている縄をほどき、猿轡もはずしてあげた。家族たちの拘束も解く。
 助けられてホッとしつつも、オーイ女史は完全には気を許していない。
 礼を述べつつも、態度の端々にこちらを訝しむ様子がちらほらと。
 まぁ、それも無理からぬことだろうと、ジュドーくんは内心で嘆息する。
 賞金稼ぎどもに追われての逃亡生活を続けるうちに、信じていた相手から裏切られたこともあるのだろう。不信を抱くのもしょうがない。

 向こうの暗がりで竹忍者たちから去勢処置を施されている連中を、ジュドーくんはちらり。
 本来ならば外科的な処置で精巣を取り除いたり、精官を切断するパイプカットを行うのだけれども、さすがにそこまで本格的にやるのは七面倒くさい。
 そこで今回はお手軽な方法をチョイスした。
 アレが勃たなくなって、子種も死滅するようになる配合した毒液をつけた竹串を、あそこにブスリ。これで目を覚ました時には、無用の長物と化す。
 ちなみに毒液の調合はフルフラールが担当した。竹酒、三樽の報酬で嬉々として協力してくれた。

 とても良い子には見せられない処置光景を横目にしつつ、ジュドーくんは懐から竹筒を取り出し、オーイ女史へと差し出す。

「えーと……これは?」
「そちらには御方からの書状が入っております。まずはおあらためください」

 戸惑いつつも見慣れぬ緑色の筒を受け取ったオーイ女史は書状を取り出し、読むなり喜色を浮かべた。

「――!? 私が作ったお面が優勝ですって! あぁ、ウソ……信じられない。有名な工房も多数参加するって聞いていたから、なかば諦めていたのに」

 二代目オーナーとそのバカ息子のせいで、ずっと理不尽な扱いを受け、不遇の時を過ごしていたオーイ女史は、自分の作品が認められて選ばれたことに歓喜する。
 母親や幼い弟や妹もいっしょに泣いて喜んでいる。
 だが、直後に母親が苦しそうにゴホゴホと咳をしたもので、ジュドーくんは「おっと、そうだ。こちらも届けるようにと言付ことづかっていたんでした」と先ほどのよりも小ぶりな竹筒を差し出す。

「えっ、オーイにではなくて私にですか?」

 当惑する母親にジュドーくんは「はい、そうです」と微笑み、中身について説明した。
 小ぶりの竹筒の中身は薬液である。
 万能薬の竹瀝をほどよく薄めて調整したもの。
 その薬効は素晴らしく、ずっと病気に苦しんでいた自分の妹も助かったからと太鼓判を押すのも忘れない。
 すると当初は受け取るのを躊躇していた母親も「そこまでおっしゃるのでしたら、物は試しですし」とその気になった。
 どうやら実体験を交えての説明が功を奏したらしい。

 意を決して竹筒に口をつけ、グイと中身を飲んだ母親。
 とたんに表情が和らぎ「あれ、甘くてけっこう美味しいかも」
 あまりにも美味しそうに飲むものだから、小さな子どもらも「ぼくも欲しい」「ちょっとちょうだい」とせがむほど。
 そうして母子がわちゃわちゃしているうちに、気づけばすっかり咳が止まっていた。
 ばかりかみるみる顔色も良くなり元気になっていくものだから、これには飲んだ当人だけでなくオーイ女史もびっくり!

 感涙に咽び泣く一家。
 出来れば、心ゆくままに喜ばせてあげたいが、隠密行動中ゆえにあんまりのんびりともしていられない。

「オーイさんとご家族の方々には、申し訳ありませんが自分たちに同行してもらいます」

 まだ他に賞金稼ぎがうろついているかもしれないし、病がちだった母親が急に元気になれば、それを不審がる者が必ずあらわれる。なかには強引な手を使って秘密を探ろうとする者もいるだろう。
 これもまたジュドーくんの実体験にて。

「けっして悪いようにはしませんから」

 とのジュドーくんに「わかりました。どのみち、この国はしばらくダメそうですし、いい機会ですから。どうぞよろしくお願いします」とオーイ女史も了承したところで、撤収する。
 オーイ女史や家族たちは竹忍者たちが背負い、一行は飛空艇ヤダケとの合流ポイントへと向けて移動を開始した。


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