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095 キノコ
しおりを挟むそっと目を閉じれば、耳に沁み入るようにして聞こえてくるのは、シトシトという雨音。
ここのところずっとこんな天気が続いている。
だが、それもまた好し!
天からの恵みが梢を震わせ、浮世の憂さを洗い流し、奏でるは優しい音色。
濡れた竹たちがいっそう青々とし、緑が目にも鮮やか。
大地が、竹林がおおいに潤っている。
「しめしめ、この分だといい竹水が大量にゲットできそうだね」
屋敷の自室にて窓から外を眺めつつ、私はひとりほくそ笑む。
竹水とは、若い竹から採取できる貴重な水のこと。
成長期の若い竹が、地下茎を通じて水を吸い上げ、自身の内部で濾過したモノで、幹の中で存在するのは、ほんの二十日ほどばかり。だから通常は四月から五月にかけての間しか採取できない。
が、そこはそれ、ここは異世界にて、私こと竹姫さま印の品ということもあって、季節の関係なしに採取が可能だ。
とはいえ、原資となる上質かつ豊富な水があったればこそ。
地下茎を方々へとのばし、竹林を拡大すればするほどに、勢力の維持に必要不可欠となるのが大量の水である。
いかに優れたハイボ・ロード種とはいえ、ベースは竹だ。
そして竹である以上は、水の確保は最重要課題のうちのひとつにて。
だから私は水源を確保するとともに、溜め池や地下貯水槽の建造も黒鍬衆に命じている。
いささか話が横道にそれたので、竹水に戻そう。
この水、口に含めばほんのり甘い。
飲み込めば、鼻から抜けるのは竹特有の緑の香り。
元の世界では特別な日に採取された竹水を神水と称し、古くから薬を作るのに使用されていた。効果のほどはともかくとして、竹の神聖と相まってたいそう珍重がられていたそうな。
でも、実際のところはどうなのか?
肌の老化を防ぐ抗酸化作用のあるポリフェノール、肌の健康維持に欠かせないビタミンB群、保湿効果があるアミノ酸や糖類などなど……
塗ればくすみがとれて、ツルツル、サラサラ、もっちもち。
その筋では別名『飲む美容液』なんて言われたり言われなかったり。
平安時代の頃、周囲が肌に悪いおしろいなんぞをこぞって塗りたくっているのを横目に、ひとりだけ竹水に塗れていたんだから、かぐや姫の美貌も納得というものであろう。
とはいえ、私たちの使用目的は美容ではない。
これを素にして、竹瀝やその他の品を製造したり、新しいモノを開発したりするのに活用している。
だから、いくらあっても困らない。
「とりあえず集めるように指示を出しておくかな。もっともウンサイさんのことだから、私がいちいち指図しなくても、勝手に採取するだろうけど」
〇
竹林は今日も雨……
お気に入りの朱色の和傘を手に、私は竹林の小径を歩く。
日課の散歩だ。
とはいえ、私のではない。
竹イヌのヘミの散歩である。
雨が降ろうが、風が吹こうが関係ない。
これはイヌを飼う者の義務である。
ヘミが望むかぎりは、付き合ってやるのが飼い主としての責務である。
ヘミは今日も元気いっぱいにて、そこいらを駆け回り、水溜まりにダイブしては、地面をほじくり返し、全身泥だらけ。
それを帰ってから、キレイにしてやるのもまた飼い主の務めである。
でも、散々にはしゃいだあとに飛びついてくるのだけは、ちょっとかんべんして欲しいかも。
散歩を終えて戻った私たちを、すっかりお冠にて待ちかまえていたのは三人竹官女たちだ。
先ほどは、えらそうなことを言ったが、実際にヘミの尻拭いをするのは彼女たちにて。
なんか、本当にごめんなさい。
恐縮しつつ、渡された竹布で私は自分の体を拭く。
でも頭を拭いていた時のことであった。
布越しになにやら手に違和感があったもので、後頭部のあたりを触ってみたら、ヘンな感触がある。
指先で探れば、柔らかい突起物のような……
「ん、なんだこれ? アホ毛でも生えてきたのかしらん」
竹人形の身にて。
ここのところゴロゴロ過ごしていたから、それぐらい生えても不思議ではない。
とはいえ、仮にも姫を称する身としてはいかがなものか。
だから私はとくに深く考えることもなく、それを掴んではブチっと引っこ抜く。
で、抜いたモノを前にして目が点になった。
なぜなら生えていたのは、アホ毛ではなくてキノコだったから。
「……そういえば大学院の研究室の先輩の部屋の隅にも、こんなキノコが生えていたっけか」
脱ぎ散らかしたパンツに生えたキノコ。
それを食べる主人公のマンガがあって、先輩がそれを真似しようとして、闇鍋に投入しそうになったのを、ぶん殴って止めたのも、いまとなってはいい思い出だけど。
「ところで、これって食べれるのかしらん」
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