竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~

月芝

文字の大きさ
上 下
94 / 190

094 兇変の繭

しおりを挟む
 
 イーカリオスとケラスィアの戦い。
 結果だけを先に述べれば、痛み分けである。
 突如、飛来した積乱雲によって、空の上だけでなく地上も大荒れ。
 土砂降りの雨、風が暴れ狂い、拳大の雹が降り、雷がドッカンドッカン落ちまくる。
 平原が一転して巨大な水溜まりのようになったところへ、それだ。
 とてもではないが 戦どころではない。
 両軍ともにワーキャアと逃げ惑うハメになった。

 やがて狂嵐は去ったものの、あとに残されたのはずぶ濡れとなった者たち。
 こうなるとさっきまでの高揚感もどこへやら。テンション、だだ下がり。
 みなドロだらけで憔悴しきっている。
 両軍ともに士気の低下が著しく、また混乱のさなかに負傷者も続出して、これ以上の戦闘行為の続行は不可能と判断し、どちらからともなく兵を引き揚げたそうな。
 とんだ尻すぼみである。

「ふ~ん。まぁ、あれは本当に凄かったからねえ。中断して撤退するのもしょうがないかな。で、あらためて仕切り直しとなるのかしらん?」
「……いえ、イーカリオス側は手を引きましたので、実質的にはケラスィア側の勝利といってさしつかえないかと」
「えっ、そうなの。ちょっと意外かも。聞いていた性格からして、イーカリオスの王さまってば、かえってムキになって戦をごり押ししそうなのに」

 ずいぶんとあっさりしている。
 怒りっぽくて、短絡的。
 思慮浅く猜疑的、自尊心が高く尊大で、根拠のない妙な自信に満ち溢れている。
 これまでに得た情報から思い描く王さまの人物像は、そんなところだ。
 そしてこの手のタイプは、自分の失敗をなかなか受け入れられない。他者から指摘されたらかえって激昂し反発しては、つまらない意地を張りがちだというのに……

「ほうほう、なかなかの暴君かとおもいきや、じつは名君の才もあったとか」
「あー、竹姫さま……それはちがいます。たんに自分の足元に火がついて、それどころではなくなったからですね」

 荒れ地への討伐軍の派遣と失敗。
 それにより高まった批判の矛先をかわすために、隣国へと仕掛けた侵略戦争。
 あわよくば失った分以上の富と名声を得ようと画策したのだけれども、結果はごらんの通りにて。どうやらツキにも見放されたらしい。
 スタンピードにより生じた被害に対する復興作業もそっちのけ。
 これまでにやらかしてきた愚行の数々もある。

 積もり積もった不平不満がついに爆発し、国内で叛乱が起きた。
 軍の主力が戦場へと向かっている間隙を突いてのことであった。圧政に喘いできた地方貴族らが集結しては反旗を翻し、現王に退陣を迫る。
 が、その裏には第三国の陰がチラチラしているとかいないとか……

「わーお、自業自得とはいえご愁傷さま。でもって、騒乱に巻き込まれる民草こそが哀れだねえ」
「まったくです」

 かくしてイーカリオスは国内の情勢が不安定になったがゆえに、火消しに追われて他国にケンカをふっかける余裕がなくなった。
 なんとも情けない終戦理由である。
 そしてこの事態を受けて探索者協会は、彼の国に対して渡航勧告を出したそうな。
 なおケラスィア側は専守防衛の理念にのっとり、静観の構えをとっている。
 というわけで、イーカリオスは絶賛内戦中である。

「やれやれ、どこもかしこも内憂外患だねえ」

 ジュドーくんとの竹通信を終えた私は「はぁ」と嘆息する。
 外界ではなおも戦乱の兆しが燻っている。
 樹海内でも、いよいよ縄張り争いが激化しており、台頭する勢力がちらほらと。
 うちとてけっして他人事ではない。いつ火の粉が降りかかることやら。
 オマケに空の上にはあんなヤバいのがうろついているし……

 そうそう、そのヤバいのについてもジュドーくんから情報があった。
 とはいえ、あくまで探索者界隈で伝わるウワサ程度の内容だけど。

兇変きょうへんまゆ

 あの超大な雲塊。
 探索者らの間ではそう呼ばれているそうで、見かけたらすぐさま身を隠せと昔から云われているそうなんだけど。
 あくまで天候を激変させる危険な積乱雲としての認識っぽい。
 が、そのわりには大仰かつ意味深な呼び名なのがちょっと気になるところ。

「あの荒天こうてんぶりは、たしかに天変地異みたいなモノだけど。
 だから兇変というのは、まぁ、いいわ。でも繭の方が……ねえ」

 繭とはタマゴのようなものである。
 いずれ繭を破って羽化するのは、はたしてどのような……


しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

御者のお仕事。

月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。 十三あった国のうち四つが地図より消えた。 大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。 狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、 問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。 それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。 これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

処理中です...