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093 内憂外患、その七
しおりを挟む「う~ん、見覚えがある。よく知っている天井だ……」
目を覚ましたら、自分の寝所で横たわっていた。
淡い間接照明のみにて、薄暗い室内。
肌にまとわりつく夜気、それに混じって澄んだ空気が漂っている。
(時刻は夜明け前といったところかな)
どうやら気を失った私を、タマキたちが運んでくれたらしい。
首だけ動かし横をみれば、部屋の隅で控えているオヨウの姿があった。
ヒコノともども、三人竹官女らは交代で看病をしてくれていたようである。
私が身じろぎしたのに気がついたオヨウが、すすすと枕元へにじり寄っては、心配そうに顔を覗いてきたもので、私は「ごめんね、心配をかけちゃって。もう大丈夫だから」と声をかけた。
主人が目覚めたことをみなに報せるべく、オヨウはいったん退出する。
廊下を遠ざかる彼女の微かな足音に耳を傾けつつ。
ぼんやり天井を眺めながら思い出すのは、積乱雲の奥にて邂逅した存在のことだ。
「ほんの一瞬だったけど……、あれはけっして見間違いなんかじゃない」
雷雲の神殿に住み、天空を気まぐれに移動している超常なる者。
正体は不明で、わかっているのは碧い眼をしていたことぐらい。
大きさ、存在感、気配、力……何もかもが桁違いにて。
思い出しただけで、全身の肌が粟立ち、カタカタと震えがくる。
心胆寒からしめるだなんて表現は、まだまだ生ぬるい。
「あまりにも……あまりにもちがいすぎる」
ハートたちも圧倒的にて、とても強かったけれども、あれらはまだ同じ土俵に立てていた。それゆえにやりようがあった。
でも、あれはダメだ。ひと目で無理だとわかった。
越えられない壁というか、世界の果ての行き止まりのようなもの。
それ以上はどうやっても進めないし、そもそも先なんてないのだ。
どん突き。
おしまい。
「……まいったね。まだまだ手強い相手がいるだろうとは考えていたけれど、まさか、あんなのまでいるだなんて。ははは、こうなったらもう開き直って笑うしかないよ」
上には上がいる。
というか、あまりにも上すぎて、見上げているだけで首がもげちゃいそう。
この世界がいろいろとヤバいことは理解しているつもりだったけど、まだまだ認識が甘かったようだ。
「う~ん、おおいに猛省せねば。世界征服とか、だいそれた野望は抱かずに、これからは無理のない範囲で堅実に、慎ましやかにやっていこう」
私があらためて今後の方針を固めたところで、障子越しに光が差し込んできた。室内の闇がみるみる薄まっていく。
もうすぐ新しい朝がくる。
〇
グビグビグビグビ……
「ぷはーっ」
腰に手をあて、斜め45度にて一気飲みしたのは『竹瀝ドリンクZ』である。
竹瀝は私が「せっかくの異世界なんだし、いっちょう回復ポーションっぽいのでも作るか」という軽いノリで製造したのだけれども、おもいのほか高いグレードの品質に仕上がってしまったスーパーでストロングな薬液だ。
原液ならば手足の欠損ぐらいノープロブレム、たちまち新しいのがにょきっと生えてくる優れもの。
とはいえ、あまりにも効能が強すぎて逆に使いづらい。
そこで日常的に愛飲できるようにと開発されたのが『竹瀝ドリンクZ』だ。
ようは栄養ドリンクである。
なお末尾のアルファベットについては、とくに意味はない。なんとなくノリでつけた。
結局、私は五日ばかり寝込んだ。
体の方は問題なかったのだけれども、心の方のダメージが抜けきらなかったせいだ。
ぼーっと呆けてしまい、なかなか本調子に戻らず。
たぶん受けた刺激が強すぎたのであろう。
私だからこの程度で済んでいるけど、並みの胆力しかない者ならば「ひくっ」と心臓が止まって、ぽっくり逝ってもおかしくないぞ。
おかげで心配性の三人竹官女らの過保護っぷりにも拍車がかかり、本当は三日目ぐらいには起きられたのに、プラス二日、余計に養生するハメになってしまった。
「ったく、やれやれだね。ちょっと目が合っただけでこれとか、かんべんして欲しいよ」
完全復活した私が庭先で体操をしながらボヤいていると、タマキが竹電話を手にあらわれた。
ジュドーくんから連絡が来たそうで、私は受け取り「もしもし」
電話口にて語られたのは、あの戦いの結末であった。
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