竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~

月芝

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092 内憂外患、その六

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 戦場の天気が急変した。
 稲光が幾筋も走っては、雷鳴を轟かせ、轟々と風が唸る。
 激しい雨が滝のように大地へと降り注ぐ。
 冷たい雨粒が地表にいた者らを容赦なく打ちつける。

 ――このままでは危うい。

 私はすぐさま竹蜻蛉の機首をあげた。
 吹きつける雨風をどうにかしのぎ、閃く稲妻が当たらないことを祈りつつ、雷雲を抜けて目指すのは雨雲の層の先にある空域だ。
 雲の上にさえ出てしまえば、嵐の影響は受けないはず。
 そう考えての行動だったのだけれども……

 にらんだとおりだ。
 雲の上は一転して青空が広がっており、ドッピーカン。
 やや横風は強いものの、これぐらいならば問題なかろう。
 と安堵したのも束の間のことであった。

 竹蜻蛉の機体がギリリと軋む。
 それと共に耳の奥がキ~ンとする。
 機体に同期している私はモロに影響を受けて「うわっ!」
 おそらくは周囲の気圧が急激に下がったせいであろう。
 かとおもえば不穏な気配がしたもので、慌ててふり返ればそこにあったのは超大な雲の塊である。

 綿菓子をそのまま大きくしたかのような形。
 だが、サイズがおかしい。
 荒れ地の三連山が丸々すっぽりおさまりそうなほどもあるではないか!

「あれは……ひょっとして積乱雲? だとしたらイケない! すぐにここから離れないと」

 なぜなら飛行機と積乱雲の相性は最悪だから。
 発達した積乱雲の内部では上昇気流と下降気流が混在しており、非常に強い空気の渦ができている。雷撃やひょうなども飛び交っている。これに呑み込まれてしまうと、機体が破壊されることもありうる。
 頑強な金属の塊、科学の粋を集めて造られたジャンボジェット機ですらもが危ういのだ。
 竹蜻蛉なんぞは嵐の海に浮かぶ小枝にもひとしい。あっという間にバラバラにされてしまいかねない。

 北の方からやってきた積乱雲は南南西へと向かって移動している模様。
 だから私はその進路から逃れようと、竹蜻蛉を操作するもちっとも引き離せない! それどころか逆にみるみる距離が縮まっていく。
 対象があまりにも大きすぎるせいだ。
 まるで巨人のごとき歩みを前にして、こちらの足掻きなんぞは微々たるものにて……

 背後からゆっくりと白い壁が迫ってくる。
 圧倒的スケール、陽光を受けて光る積乱雲は神々しい。
 でも遠目には白亜の殿堂ように見えたソレは、近づくほどに本性をあらわにする。
 黒と灰色がまじった、ドロにまみれて溶けかけた雪のようだ。デコボコに盛り上がった歪な表面、その上を大小のいかずちが竜のごとくいくつも乱れ飛んでは、牙を剥き、猛り吠え、憐れな獲物の到来をいまかいまかと待ち受けている。

 向かい風が吹き始めたとおもったら、どんどんと強くなっていく。
 いいや、ちがう、そうではない。
 吸い寄せられているのだ。
 風ごと手繰り寄せられている。
 もの凄い引力。
 振り払おうと私は懸命に抵抗するが、意に反して竹蜻蛉はずるずると積乱雲へ近づいていく。

「くそっ、ダメだ! 逃げられない!」

 省エネモードを切り、フルスロットルにしても状況は悪化するばかり。
 そしてついにその時は訪れる。
 ボフンと竹蜻蛉の機体は積乱雲の中へと引きずり込まれてしまった。

 一瞬にして世界が暗転する。
 機体が安定しない。上下左右に激しく揺さぶられるばかりか、暴風に煽られ、ひっくり返ったりもして、天地が目まぐるしく入れ替わるものだから、私は「ひょえぇぇ~」
 竹蜻蛉の機体がねじれ、あちこちからビキバキの異音が鳴った。
 翅の一枚も根元から千切れてしまい、ますます制御不能へと陥っていく。
 荒れ狂う気流に翻弄され、自分がどこを向いているのかもわからない。
 わかることといったら、せいぜい闇の中で稲光がやたらとギラついていることぐらい……

「うぷっ、気持ち悪い。目が回る。これ以上はダメだ。機体も私ももたない。しょうがない、本機を破棄し――」

 地上での戦いの行方も気になるところだけれども、もはやこれまで。
 自爆し、同期を切ることにした。
 が、いざスイッチを押そうとしたところで「――っ!」
 私はそれを目撃する。

 積乱雲の内部は、さらに奥の奥。
 中心に位置しているあたり。
 いっとう暗雲が濃く垂れ込めては、激しく渦を巻いているところ。
 その雲間からギロリとこちらを見ている何者かの碧眼があった。
 目が合った刹那のことである。

 ジュワッ――

 視神経だけでなく、脳神経までもが焼き切れるような感覚に襲われたとおもったら、ボンッ!
 竹蜻蛉が爆ぜてしまい、強制的に同期が解除されてしまった。
 遥か遠くの竹林は、屋敷の自室にいた私は「ギャッ!」
 悲鳴をあげて、ショックで気を失ってしまった。


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