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089 内憂外患、その三
しおりを挟む整然と進軍するイーカリオス軍。
先頭に盾をかまえた部隊を横一列に配置し、続いて槍を手にした歩兵や騎士たち、支援攻撃用の砲兵などが続く。別働隊の遊軍であろう騎兵も控えている。
幾層にも重なった軍勢は、まるで巨大なミルフィーユのよう。
いわゆる横陣という陣形だ。
もっとも基本的な陣形。平野での会戦では運用がしやすく、局所に敵勢の攻撃が集中すれば、すぐさま戦列がくの字に変形し挟撃や殲滅が可能。
一方で、包囲が完了する前に戦列を突破されると左右が分断されてしまい、戦線が乱れるという危険性を持つ。
とはいえメリット、デメリットはどの陣形にもある。
それらを踏まえた上でいかに活かし運用するのかが、指揮官の腕の見せどころ。
横陣……通常は馬防柵や塹壕、防塁などを併用するが、イーカリオス軍にその備えはない模様。おおかた得意のマギアで補うつもりなのだろう。
「ふむふむ、序盤は遠距離攻撃で削ってから、中盤で接近したら例の光る盾で防いで敵勢の足止めをして、槍でチクチク。タイミングを見計らって包囲殲滅ってところかしらん」
竹蜻蛉にて上空からイーカリオス軍の様子を観察する。
派手さこそはないけれど手堅い陣容だ。戦場の雰囲気に流されることなく、落ち着いている。指揮官はなかなかの人物らしい。
アンスロポス族はマギアの扱いもそうだけど、戦術や兵の運用とかもかなり巧みである。
身分差が厳格であるがゆえに指揮系統が徹底しているのと、日頃から訓練を欠かさない賜物なのだろう。
ただ、惜しむらくは王さまが仕えるに値しない愚物だということ。
「それでも行けと言われたら行くしかないんだから……、宮仕えはつらいねぇ」
そんなイーカリオス軍に対して、ケラスィア軍がとった陣形は――
「これは鋒矢? ……いや、ちがう。部分的にはそうだけど、全体は魚鱗だ。へーほー、これまた思い切ったマネをする」
鋒矢の陣とは矢印の形にて、勇猛かつ冷静な隊長が先頭にて部隊を率いる。
寡兵でも強力な突破力を持つが、いったん側面に回られたり、包囲されると非常に脆い。
ゆえに動き出したら止まれないし、目的を達成するまで止まってはいけない。
かつて天下分け目の関ケ原の戦いにおいて、西軍についた島津家が退却のおりに、この陣形で名立たる武将が率いる東軍を蹴散らし、退却に成功している。
そのあまりの見事さゆえに『島津の退き口』と語り継がれ、「もしも島津家が率いる軍勢が五千だったら、歴史は変わっていたかもしれない」と後世の歴史家たちに言わしめたほど。
そして魚鱗の陣は中心が前方に張り出し、両翼が後退した陣形にて。
ようは巨大な三角形なのだけれども、ケラスィア軍の場合はそれを構成する全部隊が矢印の形をしている鋒矢の集合体であった。
はっきり言って魚鱗の陣は平野部での戦いには不向きだ。後方からの奇襲を想定していない。だから日本みたいな山林や河川などが多い入り組んだ地形では、よく用いられていたのだけれども……
「わざわざ相性の悪い陣を選んだのはどうしてだろう……はっ! もしかして」
私は竹蜻蛉の高度を上げて、より上空から広い視野にて戦場を見渡す。
するとケラスィア軍の斜め後方にて、隠れるように潜んでいるふたつの部隊を発見した。
「あれが遊撃部隊か。跨っているのは……恐竜!?」
うちの近所では見たことがない生き物。
長い首と尻尾を持ち、ガチョウのように足ががっちりしておりスラリと長い。
恐竜のガリミムスに似ている。いかにも健脚そうである。
そんな恐竜っぽいのに鞍をつけ騎乗している者たち。
ケモ耳のテリオン族、鱗のあるレピ族、翼のあるフェリガ族らの混成部隊ながらも、いかにも歴戦の猛者といった風格にて。
「あの連中はかなりデキるようだね。主力部隊による突撃と同時に、遊軍により攪乱、もしくは大将首を直接狙うつもりかな。
うーん、ちょっと強引のような気がするけど、ケラスィア側だってイーカリオス軍やアンスロポス族のことは重々承知しているはずだし。
わかった上でやろうとしているということは、それだけ自信があるということか」
彼のナポレオン閣下もこう仰っている。
『一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れる』と。
鋒矢の陣の部隊を率いる隊長は、相当の実力者であるはず。
この積極的な攻めの構えは、それを自陣営に多数抱えているという証左にて。
みるみる両陣営の距離が近づいていく。
開戦の火蓋を切ったのは、やはりイーカリオス軍であった。
遠距離攻撃用のマギアが発動!
一斉に打ち上げられた大量の火球たちが、空中で弧を描き、ケラスィア軍へと降り注ぐ。
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