竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~

月芝

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088 内憂外患、その二

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 イーカリオスとケラスィアの戦い。

 今回、戦争をふっかけたのはイーカリオス側である。
 おおもとを辿れば、パンダクマ三兄弟により引き起こされたスタンピードに起因する。
 ハートたちに住処を追われた獣や禍々たち。
 そのなかにグンニゲルという禍々がいた。
 黒いオオカミっぽい見た目にて、個々の力はさほどではない。
 が、繁殖力が高く、群れを成すことで勢力を拡大し数の猛威を振るうタイプだ。

 グンニゲルたちはハートらの支配を嫌い、縄張りを放棄して各地に散った。
 ようは尻尾を巻いて逃げたのである。
 だが、それもまた生存戦略にて。
 この動きが波のように周辺地域へと伝播し、押し出される格好で他の獣や禍々らも樹海の外へと移動を開始する。

 移動の波はじょじょに大きくなり、やがて狂乱の大波へと至るまでにさして時間はかからない。
 被害は各地に散見するも、とりわけ手酷い目に遭ったのがイーカリオスだ。
 運悪く主要都市のうちのひとつが大規模な集団の進路と重なり、直撃を喰らってしまったのである。
 なまじ守りが堅く、掘や高い壁に囲まれていたがゆえに慢心していたところへ、いきなり災いが大挙して襲いかかった。

 異変に気づいたときには、すでにすぐ目の前に飢えた野獣どもの大群が迫っていた。
 慌てて吊り橋をあげて城門を閉じようとするも、逃げ惑う者らで現場は大混乱に陥り、そのどさくさに紛れて侵入を許してしまう。
 アリの一穴ではないが、そこから先はあっという間であった。

 次々に雪崩れ込んでくる異形たちが暴虐のかぎりを尽くす。
 指揮系統もマヒし、守備隊も総崩れとなる。
 都市内はたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、そして壊滅した。

 この事態に激怒したのがイーカリオスの王さまである。
 怒りの矛先は騒乱の発端となったシロクロコムへと向けられ、側近らが止めるのも聞かずに、感情のまま討伐軍の派遣を命じた。
 しかし結果は全滅……

 主要都市を失ったばかりか、討伐を強行したせいで、むざむざと多数の兵士たちを無駄死にさせた。
 失策に次ぐ失策である。
 復興にこそ尽力すべきであったものをとの声が蔭で囁かれ、周囲から向けられるのは非難まじりの失望がこもった目、目、目。
 揺らぐ信頼、膨らむ不信感。
 いかに絶対王政とはいえ、これでは己の立場が危うい。
 そこで王さまは考えた。

「この窮地を打開するのには、どうすべきか?」

 簡単な話である。
 ようは国民たちや貴族らの批判の矛先をそらせばいい。
 そのために一番てっとり早いのは、別の対象――生贄を用意すること。
 王さまはケラスィアに白羽の矢を立てた。
 じつは討伐軍を派遣するに際して、彼の国にも「いっしょに討伐しよう」との打診を送っていたのだ。
 だが、ケラスィアはその誘いに応じなかった。
 いまは被害状況の確認と自国の復興に注力すべきであり、時期尚早と判断した。
 極めて良識的な判断である。
 しかしイーカリオスの王さまは「おのれ、せっかく我が誘ってやったというのに。これだから亜人どもは度し難いのだ」と逆恨みする。

 ゆえに「此度の討伐の失敗の責は、自国の利益のみを優先し、参戦しなかった卑怯卑劣なケラスィアにこそある!」と声高に主張した。
 ムチャクチャだ。難癖にもほどがある。
 しかし、だ。
 この意見に少なからず同調する者たちがあらわれた。
 賛同する理由は……補填。
 王さまの言い分に賛同し、侵略戦争にて勝てば、失った分以上のモノを得られる。
 すべては欲得ずくのゲスな計算であった。
 どうせ相手は亜人どもの国だからという、考えも根底にあったのは否めない。

 仮想敵国にされてしまったケラスィアこそが、いい迷惑である。
 そして身勝手な主張を振りかざしては、一方的に宣戦布告をして進軍してくる相手を、笑顔で迎えるほどケラスィアもお人好しではなかった。
「そちらがその気ならば」と抗戦へと打って出たという次第。

 これらの裏事情は、すべてジュドーくんからのまた聞きである。
 けっこう細かいところまで外部に漏れているのは、ひとえに探求者協会の情報網が優れているのと、あとはイーカリオスおよびアンスロポス族も一枚岩ではないから。
 内部では激しい権力闘争が渦を巻いており、隙あらば追い落とそうと虎視眈々と狙っている者たちがいる。
 現状を是とはせずに、他種族との協調路線を唱える良識派もいる。
 とはいえあまり表立って派手に動けば、たちまち粛清されてしまうので、このように外部に情報を提供しては、ささやかな抵抗をしているのだ。

「ったく、イーカリオスのいまの王さまってば人望がなさすぎでしょうに。にしてもイーカリオスにケラスィアか……」

 イーカリオスという名前は、まるで蝋の翼で太陽を目指したイカロスをもじったかのよう。
 たしかイカロスのラテン語読みがイーカロスだったはず。
 そしてケラスィアという名前は、ギリシャ語で桜だ。
 もちろん偶然なのだろうけど、なんとも皮肉めいた符合ふごうにて。

「この世界ってば地球とはまるで異なる生態系なのに、類似点がちょろちょろ点在しているんだよねえ。
 あんまり褒められた話じゃないけど、選民思想とか差別とかって、めちゃくちゃ人間臭いし。もしかしてふたつの世界には何か結びつきがあるのかしらん?」

 私がそんなことをぼんやり考えているうちに、眼下の戦場に動きがあった。
 いよいよ両軍ともに進軍を開始した。


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