竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~

月芝

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 夢を見ていた。
 まだ人間だった頃の夢……

 私の祖父は名の知れた庭師にて、自分の竹林を所有していた。
 名人が技術と知識の粋を注ぎ込み、丹精込めて育てた竹林は、それはそれは美しかった。
 祖父にとって私が自慢の孫娘であったように、私にとっても祖父は自慢であり、誇りであり、そんな祖父が造った竹林は聖地にも等しい場所であった。

「かぐや姫が降誕された伝説の地も、きっとこのように美しい竹林であったのにちがいあるまい」

 と、私はつねづねおもっていたし、きっとそうであろうと信じてもいた。
 だから、私は嬉しいことや悲しいこと、つらいことなどなど。
 人生における岐路に立つたびに、祖父の竹林を訪れては清浄なる空気を胸いっぱいに吸い込み、梢のささやきや緑風の歌に耳を傾け、大地から活力を分けて貰っていた。

 けれども、あれはそう……私がピチピチのセブンティーンの女子高生だった時のことである。
 うっとうしい梅雨が明け、夏の気配がひしひしと迫るなか。
 放課後、ちょいと祖父の竹林に寄り道しようと思い立つ。
 しかし、行ってみたら驚いた。
 なぜなら鉈を手に徘徊している不審な若者がいたからである。

 恐怖、鉈男あらわる!

 徹夜で呑んだくれた直後のごとく顔色はよくない。目の下にもひどいクマがあり、髪の毛はボサボサ、無精ひげを生やしていた。
 格好はヨレヨレのTシャツに擦り切れて穴あき寸前のジーンズ、ネズミ色に変色し薄汚れたキャンパススニーカーを履いている。
 なお鉈はサビだらけにて、切れ味は悪そう。

 そんな鉈を持った男は血走った目にて周囲をキョロキョロ。
 最寄りの竹を眺めては、ときおり撫でまわし、頬擦りをしてはブツブツと何ごとかをつぶやいている。
 いったい何をつぶやいているのかと、聞き耳を立ててみれば……

「かぐや姫はどこだ? オレだけを甘やかしてくれる、優しくて可愛くて、胸の大きなかぐや姫はいったい何処?
 ちなみにオレは嫁を大事にする男だ。
 まかりまちがっても、浮気なんぞはしないぞ。ギャンブルだってしない。酒は……ちょっぴりたしなむ程度だ。
 そしてネコ好きを公言してはばからないけれども、じつはイヌも好きだったりする。
 あぁ、かぐや姫、かぐや姫、ほら、怖くないよ。恥ずかしがらずに出ておいで」

 このようなことをのたまっていた。
 ……ただの酔っ払いのようだ。
 どうやら付き合っていた彼女に浮気をされて、フラれた腹いせに自棄酒をしたあげくに、なにを血迷ったのか、竹林にてかぐや姫探しに精を出しているっぽい。

「――――――」

 私は眉間を親指でぐりぐり。
 頭が痛い、またぞろヘンテコなのに遭遇してしまった。
 悪い人ではなさそうだけど、阿呆である。
 さりとて放置して、祖父の竹林を傷つけられてはたまらない。
 そこで私はいったん引き下がり、伐採した竹が保管してある所まで行くと、そこから一本の竹を抜き出した。

 枝打ち済みにて、いい塩梅に乾いている竹。
 直径は8センチぐらいで、長さは3メートルほど。余分な水分が抜けており、見た目よりも軽い。
 それを手にふたたび不審者のところへと戻った私は、無言のままドン!
 長柄の竹槍にて突きを放つ。
 背後から腰の辺りを狙ったつもりが、ちょっと竹がしなったものでズレて、お尻の方へと。
 男が運悪く前屈みとなっていたことも重なって、竹の先端はお尻の割れ目へと吸い込まれてしまった。

「ぴぎゃっ!」

 いきなりゴン太なカンチョー攻撃を喰らった男は飛び上がらんばかりに驚き、そして痛みのあまり悶絶にて、ついには口から泡を吹いてバタンと倒れた。

 やってしまった。
 私が「あちゃあ」と天を仰げば、竹の葉たちがカサコソ揺れる。
 それが私の耳には「しょうがないよ、いまのは不可抗力。どんまい!」と励ましているかのように聞こえたもので、「そうだね。いまのはしょうがないよね」
 とりあえず鉈は没収する。
 気絶している男は放置しておく。
 さすがに通報するのは気の毒だし、起きたら勝手にどこかに行くだろう。
 私は倒れている男にナムナムと手を合わせてから、そそくさと立ち去った。

  〇

 う~ん、くだらない。
 どうでもいいことを思い出してしまった。
 にしたって、なんて実のない夢であろうか。
 どうせならばもっと役に立ちそうな夢、もしくはステキな夢を見ればいいのに。
 あんまりな内容ゆえに、私はつい「しょーもなっ!」と叫んでいた。
 すると、そのひょうしにパチリと目が覚めた。

 時刻は夜更け。
 所は竹林。
 空にはお月さまがにっこり微笑んでおり、月光で優しく照らしている。
 でもって私は毎度お馴染みのタケノコ姿にて……

 竹姫さまの異世界生存戦略。
 リ・リブート。


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