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067 アバラ三枚目
しおりを挟む『アバラ三枚目』
という言葉がある。
胸部の心臓と肺の位置をあらわしており、ここを貫けばクマは死ぬ。
万が一、狙いがはずれても、この部位には太い血管や胸椎などがあり、これらを傷つけらると死に至る率が高くなる。
脳を潰すのがより確実ではあるが、硬い頭蓋骨により守られている。
脊髄はほんの少しズレただけで致命傷にならない。毛皮と皮下脂肪と筋肉の鎧にて守られている。それにじっとしているわけじゃない。猛り動く相手のポイントを見極めつつ、これを突破するのは至難だ。
ゆえに狙うのならば胸のところ……というマタギたちの教え。
正確にはパンダクマ――シロクロコムはクマではない。
れっきとした禍々である。それも極めて強力な。
これだけの強さを誇っているのに、ハイボ・ロード種ではないというのだから驚きだ。
その形態は私の知るクマに酷似している。
もちろん膂力や凶暴性は、前世の世界にいたクマなんぞの比ではないけれど。
サイズがおかしいことはさておき。
体つきや骨格については類似点が多い。
それイコール、急所の位置も同じである可能性が高いということ。
竹要塞、第一虎口へと通じる坂の途中――
スエッコを足止めしたところで、急斜面より逆落としを仕掛けた竹侍将軍サクタ率いる騎馬軍団。
文字通りの横槍による強襲!
タイミングはばっちりにて、勢いもあり、獲物はどこにも逃げ隠れできない。
まるで山津波のようにスエッコへと迫る集団。
先頭を駆けているサクタが、気合いもろともに愛槍を突き出す。
神速の槍が唸る。
穂先が両者の間に満ちる空気の壁を穿ち、その奥にいるスエッコの胸元へと吸い込まれていく。
以前に対峙した時とは、あきらかに質が異なっている刺突。
それを前にしてスエッコはとっさに上体を右へとよじった。
向かってくる相手へと左腕や肩を突き出すような格好、それらを犠牲にしてでも、胸の急所を庇おうとしたのだ。
だがしかし――
「がるっ!?」
スエッコは強制的に態勢を戻された。
やったのはサクタの麾下の者のうちの一体の竹武者だ。
彼は、このままでは急所へと通じる門が閉じられてしまうと考えて、僭越ながら手持ちの槍を投擲したのである。
あえて石突の方を向けて放つことにより、打撃力と衝撃を強めた一投が命中したのは、防御態勢に入ろうとしていたスエッコの腰の左付近――骨盤の左上部、上前腸骨棘がある辺り。
足と腰の付け根より少し上部にあたる箇所にて、ここをグッと押されると腰全体が回ってしまう。その影響で上半身も動く。
これにより閉じかけていた上体が開いてしまったのだ。
見違えるほどの威容となったサクタ、竹侍将軍の放つ殺気があまりにも凄まじく、ついそちらにばかり目がいっていたスエッコは、予想外の援護攻撃に対応できず。自分の意思とは関係なく動いた体に動揺した。
そこへサクタの槍が襲いかかる。
竹ウマにまたがっては、崖のごとき斜面を駆けおりての一撃。
すべての力と技が合算された突き。
ウンサイさんの手により丹念に鍛えあげられた槍の穂先が、体毛を蹴散らし、硬い皮をこじ開け、立ち塞がる脂肪をものともせずに掘り進み、ついには強靭な筋肉の層へと到達するも、なおも止まらない。
ブチリブチリと肉を断裂させていく。
その勢いがほんの少しだけ鈍ったのは、骨に当たった時である。
ゴキッと骨が砕ける音がして穂先がやや滑る。
これにより槍の進路が少しばかりそれた。
が、サクタは槍を握り直し、腕にいっそうの力を込めたもので、なおも切っ先は奥へ奥へと……
「かはっ」
乾いた咳とともに、スエッコの口から血が溢れた。
かつて感じたことのない痛み、苦しみ。
濃厚になる死神の気配。
カッと大きく見開かれる両目。
そこにありありと浮かんでいたのは恐怖だ。
目に恐怖の光が広がっている。
人馬一体となった猛攻に押されて、ついにスエッコの巨体が後退る。
いったんこうなるともうダメだ。踏ん張り続けるのはむずかしい。
それにサクタのうしろにはまだ麾下の騎馬軍団が控えている。間髪入れずに殺到する。
たとえここを耐えたとて、そちらは防ぎようがない。
槍衾にさらされて、全身を串刺しにされる。
これで詰みだ。
……と、おもわれた矢先のこと。
スエッコがおもわぬ行動に出た。
致命傷になりかねない攻撃を受けているさなか、すくいあげるようにして腕をからめたのは、サクタが騎乗している竹ウマの首である。
レスリングや相撲でいうところの首投げ。
別名フライング・メイヤー。
突っ込んできた相手の勢いを利用し、その首を脇の下へと引き込み、自分の腕を首へと巻きつけ、ねじるようにして豪快に投げる技。
サクタと彼の槍は止められないと判断したスエッコが、苦し紛れに放った反撃ではあるが、その足掻きがヤツにおもわぬ幸運を呼び込む。
竹ウマごと引き倒されたサクタ。それでも槍からは手を離さない。
結果として、竹ウマだけが放り出されてどぅと横倒しとなり、サクタとスエッコは坂の上を飛び出し、絡み合いながら反対側の斜面を転がり落ちていく。
小山ほどもあるスエッコだ。
いったんこうなるとなかなか止まらない。
激しく転がり落ちるさなか。
槍の長柄が折れてしまうも、それでもサクタは手を離さず。必死に食らいつき、残った部分をさらに深く突き刺そうとする。
なんとか引きはがそうとしてスエッコはサクタの肩へと噛みつき、「ガルル」と牙を突き立てた。
もの凄い咬口力により、ビキリとサクタの身にヒビが生じ、一部が砕ける。
だがそれでもサクタが力を緩めることはない。
そして……
スエッコとサクタは、ともに掘の底へと消えていった。
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