63 / 190
063 一夜城
しおりを挟む月のない夜だった。
草木も眠る由三つ時……
不意にぐらりと揺れたのは広大な樹海の一角である。
東部域へと連なる地帯にて、地面が一斉に波打ち、段々に盛り上がる所もあれば、深い裂け目が生じて谷のような地形に変じる所もアリ。
暗がりの奥で樹木らがざわめき、深い闇が蠢く。
まるで巨大な獣の唸り声のような地鳴りがゴゴゴと続いては、震えながら大地がその姿を変えていった。
それに呼応するかのようにして、土の中から飛び出してきたのは膨大な数のタケノコたちである。
ひょっこり顔を出したとおもったったら、みるみるのびては青々と。
大きくて太いゾウタケを筆頭に、マダケ、モウソウチク、ハチク、キッコウチク、キンメイチク、オウゴンチク、クロチク、ホテイチク、シホウチク、メダケ、トウチク、クマザサ、チシマザサ、ミヤコザサ、オカメザサ、チゴザサ、ナリヒラダケ、ヤダケ、タイミンチク、トラフダケ、リュウキュウチク、スホウチク、ホウオウチク、ホウライチク、カンチク、インヨウチク、ベニカンダケ、ズメンタケ、ゴマタケ、ネマガリタケ……などなど。
大中小、数百種類にもおよぶ多種多様な竹たちが一堂に会しては、生きているかのようにうねり、身をよじり、絡み合い、肩を組み、互いが互いを支えては密となり、より強固な存在となっては、あらかじめ指定されていた形状へと至る。
ある竹は地盤を強化するための杭や土台となった。
ある竹は侵入者を拒む馬防柵となった。
ある竹は高く厚い防壁となった。
ある竹は丈夫な屋根や陣屋となり、ある竹はそびえ立つ櫓となった。
かくして一夜にして樹海の東部域は竹林へと変貌し、その中央には巨大な竹要塞が出現した。
三日月状の掘は一見すると浅く見えて、じつは谷のように深い。上層部を竹と土や草でカモフラージュしているので、うっかり足を踏み入れたら、まるで底なし沼に沈むようにして奈落へと落ちていく。底に待つのは鋭い竹槍の剣山にて。
たとえそれをしのぎ、崖を登ろうとしても、大量に塗られた竹油たちによって滑ってうまく登れない。また底にも竹油を仕込んだ樽がいくつも埋め込まれている。
パチンと火をつけたら、たちまちドカン!
爆ぜて、出現するは火炎地獄という仕掛け。
柵や掘を迂回して進めば、坂があり、これを登ると見えてくるのが虎口だ。
虎口とは城の出入り口のこと。わかりやすく両サイドに設けてある。あえて侵入経路を明確にすることで、敵を誘導し迎撃しやすくしている。
攻め込んできた敵はここを通らないと本丸へは進めない。
が、虎口を抜けた先で待ちかまえているのは、丸馬出しと呼ばれる開けたスペース。
ちょっとした広場のような場所だが、ここは守る側からは丸見えにて。踏み込んだとたんに集中砲火を浴びることになるので、攻める側にとっては死地にも等しい。
そんな場所を辛くも抜けたとて、また新たな虎口が待ち受けている。
三番目の虎口はコの字になっており、踏み込んだとたんに三方から袋叩きにされてしまう。
それすらもどうにかしのいで、ようやく城門に辿りついたとて、それはフェイクにて。
門かとおもえばうしろは竹と土の壁で、泣こうが喚こうが先へは進めない。
でもって、正規の出入り口は隠された地下道だったりするが、穴は私たちサイズにてパンダクマたちは絶対に通れない。
どうにかして城門を越えたとおもったら、その先にも虎口と丸馬出しという構造となっている。
あー、ごちゃごちゃとややこしいことを述べたが、ようはどこへ行っても多方面からの攻撃にさらされて、フルボッコにされちゃうということ。
他にもあれこれとギミック満載。
とっておきの大仕掛けもある。
まるで金太郎飴のように、次々と罠が出現するという厭らしい造りの要塞なのだ。
なおこの要塞のモデルは日本一の兵といわれた真田幸村が、大坂冬の陣で構築した出城『真田丸』だったりする。
兵は神速を尊ぶ。
必要な準備を、私たちは入念に行ってきた。
バレないようにこっそりと一帯に地下茎を張り巡らしては、こちらの活動域を確保しつつ、竹蜻蛉や竹忍者らを動員しては周辺の地形を下調べし、要塞の図面を何枚も書き直しては、より完璧を目指す。設計が決まれば、必要な竹材量の算出にとりかかる。
実際に模型を作っては、詳細を詰めていき、当日には合図ひとつですべて自動で組み上がるように工夫もした。
おかげで豊臣秀吉の墨俣城なんぞは目じゃないレベルの築城が可能となったという次第。
ちなみにその墨俣の一夜城の逸話は、史料的裏付けがなく、いまでは「眉唾なのでは?」というのが通説になりつつあるんだとか。
竹要塞が完成したところで、あらかじめ決めておいた段取りに従い、軍勢を入城させていく。
持ち込んだ大量の武器類をすみやかに設置し、各々配置についたところで、空の色が黒から濃い青――瑠璃色へと変わった。
じきに夜が明ける。
いよいよだ。互いの生存を賭けた、もっとも長くて過酷な一日が始まる。
13
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説

御者のお仕事。
月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。
十三あった国のうち四つが地図より消えた。
大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。
狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、
問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。
それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。
これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

原産地が同じでも結果が違ったお話
よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。
視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

冤罪で追放した男の末路
菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる