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047 竹砦の攻防 前編
しおりを挟む「やってくれたわね、イヌっころども」
馬上より敵陣を睥睨し、私は悪態をつく。
丘へと誘導された。
退路も、はや閉じられている。
見事な布陣にて完全に包囲されており四面楚歌、それこそアリの這い出るすき間もない。
数の優位性を活かした追い込み猟にまんまとしてやられた。
グンニゲルどもはおもっていた以上に賢かったようだ。
するとこれに異を唱えたのがジュドーくんである。
「いえ、たしかに連中は狡猾で執念深く、一度狙った獲物をねちねちと追い続ける習性はありますが、これほど計算された動きをするなんて話は聞いたことがありません」
かつてない規模にまで膨れあがった大群。
ただでさえ統制がとりにくいはずなのに……それが軍隊ばりに統率された動きをしている。
考えられることは、ただひとつ。
これほどの集団を手足のように操れる強力なリーダーが出現したということ。
そしてこのリーダーはかなり用心深く、かつ慎重だ。
なにせこの状況になってもまだ姿をみせることなく、また闇雲に突撃を命じないのだから。
「こちらの心身が擦り減って、疲弊するのを待つつもりか……焦らしプレイとは片腹痛いわね。いいでしょう。そっちがそのつもりならば、こっちにも考えがあるよ」
ぴょんと下馬するなり、私は片膝をついては両の手の平を地面へと押しつける。
「ムムム」
気合いを込めて大地に惜しみなく注ぐのはリグニンパワー。
リグニンは三次元網目構造をした巨大な生体高分子である。
その構造は複雑怪奇にて、ランダムかつ高度にポリマー合成をしており、じつはいまだによくわかっていない。
あー、ごちゃごちゃと小難しいことを並べたが、ようは『なんかスゴくて、ギンギンだぜ』ということ。
そんなリグニンパワーを受けて地下茎がドクンと脈打つ。
存分にチカラが練られ、集約されたところで――
ゴゴゴゴゴゴ……
唸り声のような地響きがしたとおもったら、丸い丘の斜面に沿うようにしてポコポコっと顔を出したのはタケノコたち。それがみるみる大きくなっていき、皮がむけ、天へとのびては立派な青竹となるまでにかかった時間は、ほんの三十秒ほど。
みっちり間断なく生えたモウソウチクによる生垣が、城壁のようにそびえ立つ。
強靭性と弾力性を兼ね備えており、その高さは20メートルほど。
だがこれで終わりじゃない。
丘の天辺では八本のゾウタケが急速に育ち、絡み合いつつ上へとのびていき、姿をあらわしたのは物見櫓である。
地形とゾウタケの分を合わせて、高さ50メートルを越える威容は、もはや城郭と呼んでもさしつかえないだろう。
「くくく、恐れ入ったかイヌっころども。余裕をかまして時間を与えたのは失敗だったな。これで容易には近寄れまい」
突如出現した竹砦に、グンニゲルどもがざわついている。
その様を遥か高見より見下ろしつつ、私は「フフン」
なお竹ウマたちは櫓の根元にある厩舎にて休んでもらっている。
アゴがはずれんばかりに驚いているジュドーくんは放置して、ついでに作った強弓と矢束をサクタとマサゴに渡し「群れにまぎれている隊長格を狙って」と頼んでおく。
一方で私は懐から伸縮式の竹筒を取り出しては、それを敵陣へ向けて覗き込む。
これは竹で作った望遠鏡である。レンズの素材は古代遺跡にあったので黒鍬衆の頭であるウンサイさんに頼んで作ってもらった。
さすがはウンサイさん、いい仕事だ。おかげで敵陣が丸見えにて。
探すのは敵のボス。
戦は大将の首級をあげたら勝ち。
ちまちまザコ狩りなんぞはしていられない。
兄の帰還を待っているジュドーくんの妹さんのこともある。
籠城はするけど、延々と付き合うつもりは毛頭ない。
「……とおもったんだけど、う~ん。それらしいのは見当たらないなぁ」
望遠鏡片手に周辺を捜してみるも、いるのは通常個体ばかり。
同時に地下茎を通じて気配を探しているが、こちらも反応なし。
よほど巧妙に姿を隠しているらしい。竹忍者コウリンばりの隠形の術である。
「しょうがない。ひと当てして相手の出方をみるか」
そのつぶやきを合図にして、サクタとマサゴが矢を放つ。
鳴弦とともに射出された矢が真っ直ぐに飛んでいき、狙いあやまたずグンニゲルの胸元へと突き立つ。
サクタの射た矢にいたっては、前後にいた三頭をまとめて貫き、黒イヌの串団子の一丁あがり。
かくして竹砦の攻防戦の火蓋は切られた。
竹武者らが次々に矢を射かけるのを尻目に、私はカチャカチャと遠距離用の竹スナイパーライフルを組み立てる。
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