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031 ネームドモンスター

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 竹の里の廃墟にて。
 私が岩に腰かけ、しばし物思いに耽っていると――

 カサリ……

 不意に近くでかすかに物音がした。
 すかさず主君を庇うようにして前に出たのは、新たに作った竹女武者マサゴである。彼女と共に警護している竹侍大将サクタは愛槍を手に、私のうしろにて周囲を警戒している。

 マサゴ……名前の由来は芥川龍之介の『藪の中』に登場するヒロインから拝借した。
 この作品のあらすじは、旅の若夫婦が賊の奸計にはまってしまい、武士の夫は無惨に殺され、美人の妻は夫の見ている前で手ごめにされてしまう、鬼畜寝取られ系。
 まぁ、よくある話といえばそれまでだけれども。
 ややこしいのはこのあとだ。

 役人に捕まった賊が「オレが殺った」と言い、どうにか逃げた妻は妻とて寺にて涙ながらに「自分が夫を殺しました」と懺悔する。
 でもって巫女の口寄せの術にて蘇った夫の亡霊までもが「とんだ恥の上塗りにて、あまりの不甲斐なさ、恥ずかしさに耐えられず、己で己を刺した」とか言い出したものだから、取り調べを担当している役人たちは「はあ?」
 もう何が何やらさっぱりにて真相は藪の中……というお話。

 藪の中で発見された遺体にかかわることになった七人の人物の独白。
 という構成にて、登場人物たちの語る証言がみな食いちがっているというのが面白ポイント。
 しかも作中で答えが提示されることはなく、未解決のままでラストを迎える。
 推理小説のセオリーを完全に無視している本作品。
 ふつうならば読者がブチギレしそうなものなのに、なぜだかアンチよりもシンパの声の方が圧倒的に多いというから不思議だ。
 数多くの論文で考察がなされており、自称・名探偵たちによって熱心に犯人探しがおこなわれているが、いまなおナゾはナゾのままに……

 作中では男たちに翻弄される不遇なヒロインであったが、私のマサゴは二刀流の女剣豪にて大小の刀を閃かせては敵をバッタバッタと薙ぎ倒す。
 マサゴが刀の柄に手をかけたところで、私は「大丈夫だから」と声をかけた。
 だって、物音を立てたのはおそらく彼だもの。
 するとやはりそうであった。

 すっと物陰より姿をあらわしたのは、黒装束に身を包んだ竹忍者コウリン。
 逆三角形にて体つきはがっちりしているものの、四肢がやや長いせいか細い印象を受ける。この子もまた私が新たに造った竹人形だ。
 サクタやマサゴと同じく、従来の竹忍者を数段パワーアップさせた特別な個体にて、首には竹布のスカーフを巻いている。
 なお名前の由来は、名画『竹虎図』を残した江戸時代の絵師・尾形光琳より拝借した。

 音を立てたのはきっとわざとだろう。
 そうしないと問答無用でサクタとマサゴに斬られてしまうから。
 なにせコウリンがその気になったら、竹林内の落ち葉の上でも無音で走れるんだもの。

「どうだった?」

 私が訊ねるとコウリンは小さくうなづいた。
 この地を訪れるのに際して、彼には事前に渓流の方の斥候を頼んでおいたのだ。
 いちいち言葉を交わす必要はない。根っこで繋がっている者同士だから、彼が視てきた光景がすぐに私の頭の中へと映像となり流れ込んでくる。
 私自身が竹姫(中)へとパワーアップしたこともあってか、同族間での以心伝心ぶりが格段に発展しておりご覧の通りにて。
 またサクタ以外にも名前を与えたことにも、ちゃんと意味がある。
 主人である私が成長すれば、その恩恵は麾下の者らにもおよぶ。
 この主従の結びつきをより強固にするのが『名付け』という行為であったのだ。山籠もり中に発見した。

 上位の存在から名前を与えられることで特別な個体になる。
 ゲームでいうところのネームドモンスターみたいなもの。
 私がボスなら、サクタたちは中ボスといった感じにて、とにかく一般の竹人形たちよりも強くなる。

 だったら全部そうしちゃえばいいじゃない!

 というのは、いささか浅慮にて。
 何事もそう都合よくはいかない。
 強力かつ特別な個体ともなれば、産み出すのにも運用をするのにも莫大なコストがかかるのだ。
 ぶっちゃけ並の竹武者に換算したら、サクタ級を一体こさえるのに三十体分ぐらいのエネルギーと労力が必要となる。当然、素材だって吟味しなければならないので、下準備だけでもけっこうな時間がかかる。

 だから潜伏中の現在は量よりも質を最優先に、少数精鋭で行動している。
 コウリンからの報告を受けて、私はアゴに手をあて「やっぱりか」
 パンダクマたちは、この地を蹂躙したあとは居座ることなく、さっさと自分たちの縄張りである渓流の向うへと引きあげたようだ。
 もっともそれも無理からぬこと。
 なにせここにはヤツらの腹を満たしてくれるようなモノは何もないのだから。
 あいつらはたしかに大きく、強い。
 でもその肉体を維持するのには大量の食料が必要となる。
 ましてやそれが三頭分ともなれば、いったい一日にどれくらいの量が消費されることになるのやら……

 ここにはヤツらのエサとなるモノがない。
 だから目障りだった連中を蹴散らしたら、こんな所にはもう用はないということだ。

 ギシリッ。

 私は三本指の手を強く握りしめる。

「……ふざけやがって、絶対に許さない」

 必ず後悔させてやる。
 でも、いまはまだその刻じゃない。
 私は「ふぅ」とひと息吐き、いったんクールダウンをしてから「そろそろ戻ろうか」と腰をあげた。


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