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029 リブート

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 そよ風が吹いている。
 ほんのり漂うのは、どこか懐かしくもほっとさせられる薫りにて。

 カサ、カサリ……

 震える梢の音が、まるで子守歌のように耳に心地よい。
 このままずっと眠っていたい。
 だけど……

 私はゆっくりと瞼を開けた。
 寝起きにもかかわらず意識がずいぶんとはっきりしている。おもいのほか落ち着いているのは、この状況を経験するのが二度目だからであろう。

 夜の竹林にて月光を浴びているタケノコ。

 てっきりパンダクマ三兄弟に蹂躙されて死んだとおもったんだけど、ところがどっこい生きている。
 一にして全、全にして一であり、竹林全体でひとつの巨大な生命体であるがゆえに、私は助かったっぽい。
 それすなわち、このタケノコの身やあの竹姫さま(小)の姿もまた仮初であったということ。
 いま時ならばアバターとでも言えばわかりやすいだろう。
 どうせならばエディット機能も欲しかったが、さすがにそれは贅沢というものか。
 よって一部でも竹林さえ残っていれば何度でも蘇える。
 リスタートもリブートもし放題にて、ひゃっほう!

「――って、なるかボケ! んなワケあるかい!」

 なぜなら得た喜びも感じた悲しみも、怒りや憎しみに痛みも、みんなみんな現実だから。
 死の瞬間に感じたあの絶望足るや、筆舌に尽くしがたく。
 いかにバックアップデータがあって、それさえ無事ならば何度でもやり直せるとて、それは体だけの話だ。心の方はそうはいかない。
 何度もあんな体験をしたら精神の方がもたずに狂ってしまうだろう。きっと自我が崩壊する。

「たとえココロが平気だとしても、あんな目に遭うのは二度とごめんだけどね」

 あれこれと策を弄し、あの時点で持ちうる最大戦力を投入するもパンダクマには勝てなかった。惨敗を喫した。
 用意した武器はどれも通用せず、とっておきの決戦兵器タケノオオミズチすらも敗れた。
 もしも戦った相手がハートではなくてスエッコならば、あるいは……
 なんて考えるのはよそう。
 どのみち全滅していたのは同じにて、竹の里が陥落するまでの時間がほんの少し伸びただけのこと。

「……悔しいけれど完敗だ。完膚なきまでに叩きのめされた。
 でもね。私はまだ生きている……生き残った。自分でもびっくりしているけれども、どうやらパンダクマもこのことは知らなかったようだし。だって知っていたらトドメを差しているはずだもの。
 う~ん。もしかしたら、このしぶとさこそが竹生命体の一番のアドバンテージなのかもしれない。それに――」

 ガサガサガサ……

 不意に近くのやぶが揺れたもので、私は思考を中断する。
 そちらへと注意をむければ、繁みの奥に光る三つの目があった。
 どうやら招かれざる夜の禍客が来たらしい。

 ザシュ!

 地中からの竹槍によるひと突き。
 串刺しにされては、ぷらんぷらん。ポタポタと血を垂らしているのはデカいネズミみたいな獣であった。
 おおかたその立派な前歯でタケノコをカジカジするつもりだったのであろうが、そうはいかない。

「それに体の使い方ならばすでに知っているもの」

 だがそれだけじゃない。
 あらためて自分の体内に目を向けてみれば、リグニンパワーが滾っており、セルロースなども脈々と。
 てっきり最初っからやり直しなのかとおもっていたがそうじゃない。
 蓄えた経験値や知識に覚えた技だけでなく、緋色の石を吸収することで増した力などもそのまま引き継がれている。
 いわゆる『強くてニューゲーム』というやつだ。
 残念ながらアイテム類は失われてしまったが、なぁに問題はない。
 なぜなら一番失いたくなかったモノはちゃんと残っているのだから……

 びゅるりと強い風が吹き、落ち葉が舞って竹林全体がざわめく。

 じきに風がやんで、ふたたび静寂が訪れた時。
 タケノコのかたわらには、うやうやしく片膝をついている者の姿があった。

「おかえりサクタ。さぁ、新たな覇道を始めるとしようか」

 私が微笑みかけると、復活を遂げた竹侍大将がコクリとうなづいた。


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