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009 クマと竹林
しおりを挟む……恥をしのんで告白しよう。
渓流釣りは失敗した。
爆釣? ちっともスレてない?
トンデモナイ! どこがだよ!
調子が良かったのは最初だけ、釣れたのは一匹のみであった。
「おいおい、こちとら異世界の魚っ子だぜ。そんじょそこらの川魚といっしょにされちゃあ困るぜ」
なんぞと言わんばかりに第二投以降はちっとも喰いつかず。
どうやら仲間がやられたのを目撃して瞬時に学習したらしい。
これに私のプライドはいたく傷つけられた。
そりゃあたしかに竿は適当に切っただけだし、糸だって竹縄でこさえたもの。ぶっちゃけあり合わせの素材でちゃっちゃと作った。
ただし疑似餌として用意した毛鉤はちがう。
造形にこだわり、いま持てる技術と異能を結集して仕上げた逸品である。芸術品と見紛う品にて、惚れぼれする出来映えだと自画自賛する。
「それがただの一度で見切られた……だと」
ありえない! ありえない! ありえない!
屈辱であった。私はどうしても認められず、その後も十回ほど竿を振ってみるも、現実はどこまでも非情であった。
「くっ、しょうがない。今日のところはこれぐらいでかんべんしてやる」
私は負け惜しみを口にしては、毛鉤をはずして地中からほじくり出したミミズっぽいのにエサをつけかえる。
なにせ誇りでは腹は膨れない。それに私はどうしても魚をたらふく食べたいのだ。
だからここはプライドよりも実益を優先する。
けれどもそんな私を嘲笑うかのようにして、エサだけが盗られ続けたもので、ぐぬぬぬ。
ムキになればなるほどに敵の術中にはまっていく。
ハッと気づいたときには、すでに陽が暮れかけていた。
私はがっくりうなだれ竿をたたむ。ただし、このまま引き下がるつもりは毛頭ない。
「いまにみてろよ、絶対にギャフンと言わせてやるんだから」
リベンジを誓い、私は渓流をあとにした。
で、二日後にふたたびやってきた。
えっ、どうして中一日とんでいるのかって?
もちろん魚どもをメタメタにするためだ。
フッフッフッ、我に秘中の策あり。
それは……
「ジャジャジャジャ~ン!」
取りい出したるは、竹筒、筌、簗である。
竹筒とは――
1メートルほどの長さで切った竹筒から節をくり抜いたモノ。これを三本束にしたもので、水底に沈めて魚を誘い込んでは捕まえる漁具である。じつはたいていの魚はバックが苦手なのだ。ゆえに一度入り込んだら、なかなか抜け出せなくなる。
筌とは――
割竹で編んだ網カゴにて、入り口が漏斗状になっており、入った魚を閉じ込めて捕獲する漁具である。
簗とは――
これは竹で作った畳ほどもあるスノコ台のことで、これを川中に斜めに設置して竹床とし、上流から泳いできた魚がかかるのを待つ大型の漁具である。
中一日あいたのは、これらをせっせと内職していたためだ。
とくに簗はしっかり作らないと水流に負けて、すぐに壊れてしまうからね。
「クックックッ、異世界の川魚どもよ。人類の叡智にひれ伏すがよい」
もっとも、いまの私は竹林でタケノコだけれども。
まぁ、それはどうでもいいことなので私はちゃっちゃと漁具をセットしていく。
あとは仕上げを御覧じろ。
早々に設置を完了した私はほくそ笑みつつ、渓流を離れた。
〇
翌日のこと。
私はウキウキしながら渓流に行く。
さっそく仕掛けた罠を確認すれば……おぉ、入ってる入ってる。
竹筒にはウナギっぽいのが一尾かかっていた。でも顔が完全に竜っぽいんだよねえ。えげつない牙もあるし。もっとも首チョンパして食べるから、どれだけ厳つくても関係ないけど。
筌にはビギナーズラックで釣ったやつと同じのが三匹ばかり入っていた。丸まると太っておりウマそうである。
ちなみに最初に釣ったやつはまだ食べてない。干物にして保存してある。
なにせ広大な我が身、一匹ぽっちではぜんぜん足りないもの。だからどうせならばリベンジしてから、魚パーティーとしゃれ込もうと決めた。
そしてもっとも漁果が期待できる簗なんだけど……
しめしめ、狙い通りにたくさんピチピチ跳ねている。
でも、それ以外にも余計なのがいた。
その余計なのは、あろうことか私の罠にかかった魚をムシャムシャと手当たり次第に食い散らかしているではないか!
けれども私は歯ぎしりにて、それを眺めていることしかできない。
なぜなら相手がクマだからである。
それもデッカイの!
グリズリーほどもある巨体にて、体重は優に500キロを越えているのではなかろうか。
ちなみに毛並みは白と黒のパンダカラー、でもちっともかわいくない!
あと目つきがものすごーく悪いの。
コンビニの前でたむろしているヤンキーとかじゃなくって、「ちょっとむしゃくしゃしたから」とかいう理由で無差別殺人とかやりそうな狂人のソレにて。
――異世界のクマ、超ガラ悪い!
でもって私の中の野生の勘がガンガン警鐘を鳴らしてる。
こいつと戦ってはならないと。
たとえ竹林の身とて『いま』の私では勝てない。
ゆえに獲物を横取りされるのを指をくわえて、うらめしそうに見ているしかなかった。
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