竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~

月芝

文字の大きさ
上 下
8 / 190

008 太公望、希望

しおりを挟む
 
 どうやらここいら一帯は雨があまり降らない土地のようだ。
 空気がやや乾いている。このままではせっかくの艶のある竹肌が荒れちゃう。もう少し潤いが欲しい。
 あとお肉ばかりなので、たまには魚が食べたい。
 そんな私のささやかな願いを神さまは聞き届けてくれた。
 しかも一挙に!
 とくに祈った覚えはないけれども、とりあえず出逢いを与えてくれたことに感謝!

 向かうところ敵なし、絶賛拡大中である我が陣営。
 竹林の範囲を広げていくうちに川を見つけた。
 人間が立ち入った形跡のない清らかな渓流である。
 そーっとのぞいてみれば、チラチラと魚らしき影も泳いでいるではないか。

 えっ、どうやって確認したのかって。

 もちろん竹を通じてである。
 一は全であり、全は一である我が身。竹林すべてが私であるからして、メインの意識は最初に宿ったタケノコにこそあるが、あれこれ試行錯誤と研究を進めていくうちに他の竹を通じて見たり聞いたり、ちょっかいを出したり出来るようになったのだ。
 でなけりゃ狩りとか出来ないってば、ハッハッハッ。
 っと、そんなことよりも今は川である。

「よし! 水、確保。でもってお次はやっぱりアレだよね」

 鮮烈な新緑に彩られた素晴らしい渓流があり、魚がいて、竹がある。
 ならばもうやることは決まっている。
 釣りだ。

 というわけでさっそく竹竿を……といっても青竹を切っただけのものだけど、を用意する。これに竹縄のテグスと生餌は使わずに、ここは羽虫に似せた毛鉤けばりで狙う。毛鉤はもちろん竹を削って作ったモノで、なかなかの自信作である。なお針のところだけは動物の骨を使った。なおオモリは地中から粘土を回収して、それで代用する。

 準備が整ったところで、いざレッツ・フィッシング!
 とはいえ闇雲に投げてもダメだ。
 渓流釣りで狙うべきポイントは――
 低水温期は魚の動きも鈍い。だから深場やトロ場のような、水深が深く流れの緩い場所を狙う。
 逆に水温が徐々に上昇してくると、餌となる虫の動きも活発になるので、それを食べている魚たちも活性化していく。この時には水深が深い所よりも浅い所をうろついている。
 よって狙うべきは瀬や流心といった流れの当たる場所だ。
 一見すると「こんな浅いところには、さすがに魚はいないだろう」といったところが、じつは……というパターンも多い。水深20センチにも満たないようなところが、案外爆釣ポイントだったりする。

 ……などと、さも玄人っぽいウンチクを披露したが、じつはこれらはすべて教授の受け売りである。
 竹研究の第一人者であった恩師は、健脚の持ち主にてフィールドワークに勤しむかたわら、道なき道を突き進み、深山へと分け入っては川を見つけるたびに釣り糸を垂らしていたそうな。

「そんなに釣りがお好きなんですか?」

 と、私が訊ねたら恩師はキリリと真顔でこうおっしゃった。

「たしかに好きだがそれだけじゃねえぞ。こうやって太公望を気取っていたら、そのうちえらい人からスカウトされるかもしれんからな」

 太公望とは昔の大陸の偉人さん。
 ボケ~と釣りをしていたところを、周国の文王に見い出されて、軍師として大活躍したという。
 その故事にあわよくばあやかれるかもしれない。
 教授の釣りはそんな下心ありきのものであった。
 この話を聞いて、私は「あきれた」と叫んだものである。

 比べて私の心のなんと清らかなことか。
 なにせ純然たる食欲にもとづく捕食行動の一環としての釣りなのだから。
 それに魚だって、きっと髭モジャのクマみたいなおっさんに釣られるよりかは、私のような元リケジョに釣られる方が、きっとうれしいはず。

「というわけで、えいっ」

 竿を振って、ふわりぽとりと投げ入れたのは、狙うポイントよりもやや上流のところ。
 ほら、水は上から下へと流れるからね。こうやって自然の流れに身をまかせることで、毛鉤をより本物っぽく見せているのだ。

 水面に静かに着水した毛鉤が流れにのってはススススゥー、緩やかに移動してはポイントへと接近していく。
 私は竿の先に意識を集中させる。

 ――ピク、ピクリッ。

 反応があったところで迷うことなくいっきに竿をあげた。
 水飛沫が木漏れ日を受けてキラめき、薄っすら虹がかかる。
 ヤマメだかイワナだか知らないけど、それっぽい魚がかかっており、ひゃっほう!

「おもった通りだ。ちっともスレてないから、きっと入れ食い状態なのにちがいあるまい」

 爆釣の予感がする。
 私は釣り上げた一匹を竹で編んだ魚籠(びく)に放り込むと、嬉々としてすぐに第二投をキャスティングした。


しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

御者のお仕事。

月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。 十三あった国のうち四つが地図より消えた。 大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。 狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、 問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。 それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。 これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

処理中です...