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003 夜の禍客
しおりを挟むとっぷり日が暮れて夜になった。
暗闇の中で、月明かりを受け佇む青竹たちのなんと美しいことか。
これを眺めながら一杯やれないのが、つくづく惜しい。
なんぞと考えていたときのことである。
サクリ……
かすかにだが、何者かが落ち葉を踏む音が聞こえた。
サクリ、サクリ……
気のせいなんかじゃない。確かに音がする。
にしても慎重な足取りだ。
これはヒトではないな。蹄を持つ動物特有のもの。
そして竹林という場所からして、おそらくはシカかイノシシといったところか。
ヒトが立ち入らぬような深い竹林の奥のこと、獣の一匹や二匹、通りかかったとて不思議ではない。
だがしかし、何を求めてやってきたのかが気になるところ。
いやね、あいつらってばタケノコを食うんだよねえ。
シカならば新芽の柔らかいうちに先っぽをカジカジしちゃうし、イノシシの場合だとがっつり掘り散らかしてはムシャコラする。
つまりだ。私はいま何げに窮地に立たされているというわけさ、ハッハッハッ。
いや~、まいったねえ。
不本意とはいえ、タケノコの身となったからには、生きながら食べられるのとかはかんべん願いたい。
だから何も知らずにのこのこと近づいてきたら「わっ!」と、いきなり大声をあげて驚かせてやろうと私は決めた。
それでビビッて逃げてくれたら御の字、ダメならばあきらめよう。
だってしょうがないじゃない! こちとら手も足もないんだもの。
というわけでビックリドッキリ大作戦を決行すべく、私はじっと息を潜めては足音のヌシが近寄ってくるのを待つ。
するとじきに闇の奥より、ぬうっと浮かび上がってきたのは……
しわくちゃの老婆の顔であった。
「えっ、おばあちゃん? あれ、でもなんでこんなところにお年寄りがひとりで?」
フィールドワークで鍛えたこの私が聞き間違えた?
足音はたしかに蹄のモノだとおもったのに。
それにしてもこんな夜更けに、たまさか通りかかるような場所でもないというのに、いったい何用であろうか。
そうそう、おかしいといえば顔の位置もちとヘンだ。
こっちに近づていくるほどに、その位置がどんどんと上にあがっていく。
遠近法でそう見えているだけなのだろうけど、それを差し引てもかなり高い。
もしかして、ものすご~く背の高いおばあちゃんなのであろうか?
「――ってか、いくら何でもデカ過ぎるでしょう!」
世界は広い。
二メートルぐらいの老婆ならば、探せばどこかにいるかもしれない。
でもそれが三メートルを越えて、こちらを見下ろしているとなれば、さすがにありえないだろう。
でもって、ありえないのはその体の方もであった。
キリンのように長い首にて、胴体はカモシカのよう。
よもやの未知との遭遇!
その足下をちら見して「あー、やっぱり聞き間違えじゃなかったんだ」と私が得心していたら、首の長い老婆はニィとの笑みを浮かべた。口元からはポタポタとヨダレを垂らしており、こちらを頭から丸かじりする気マンマンのご様子。
でもって、ちょっと大声で叫んだぐらいでは、引き下がってくれそうにないので、私は「あ~死んだな、こりゃ」とはやくも諦めの境地に達する。
(ねえ、神さま。もしも次があるのならば、できればモテモテのかぐや姫でお願いします)
ナムナム、目を閉じた。
だが……
……
…………
………………
待てど暮らせど、その刻はやってこない。
こちとら、いつでもバッチコーイ。
とっくに覚悟を決めているというのに。
ハッ、もしかして焦らしプレイか? 獲物をいちびるつもりか?
だとしたら趣味が悪いにもほどがある。
こうなったらイタチの最後っ屁のように、最後にひと言モノ申してやらいでか。
とおそるおそる薄目を開けてみれば、そこにあったのは驚愕の光景であった。
複数の竹によりブスブスと串刺しにされている夜の禍客。
長い首はだらりと力を失っており、老婆の瞳は白濁しすでに命の輝きが失われている。
「し、死んでいる……。でも、どうして? なんで?」
あまりのことに頭がうまく働かない、理解が追いつかない。
目の前のスプラッタな光景に私は愕然とするばかり。
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