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002 タケノコ暮らし
しおりを挟む突然だが私は竹が好きだ。
どれぐらい好きかと問われれば、それなりにあると自負している胸元をおおいにそらしつつ、自信を持って「なみなみならぬ情熱がある」と声高に答えるだろう。
私の竹好きは祖父の影響によるところが大きい。
祖父はその筋では名の知れた庭師であり、マイ竹林を所有していた。
腕利きの職人が採算度外視の趣味全開でこさえた竹林は、それはそれは美しかった。
青竹は艶やかに、緑風がほのかに薫る清涼なる空間。
ほどよく間引きされており、陽光がきちんと地面にまで届いているから、内部にジトっとした不快な陰気がこもることもなく、心地良いやわらかな風が吹き抜ける。
もっさりした藪なんぞは存在せず。おかげでうっとうしいヤブ蚊もほとんどいない。
自然と巧みの技が織りなす美はまるで一枚の絵画のようで、幻想的かつ神々しくすらもあった。きっとかぐや姫が降誕された伝説の地も、このような竹林であったのにちがいあるまい。
あまりの素晴らしさに「ぜひ写真を撮らせて欲しい」「映画の撮影に使わせていただけないだろうか」「雑誌に掲載したい」などという話もちらほらあったが、祖父はそのすべてを断っていた。
理由は、下手に有名になったら不心得者どもが群がって、勝手に荒らすようになるのがわかっていたから。
「SNS? 映え? フン、くだらん。わしはファミコンで十分じゃ。ドット絵最高!」
祖父は昔気質の人間であった。
じいちゃん子だった私は、幼い頃から祖父について行っては、竹林を遊び場にしていたものである。
そんな記憶の中でもとくに鮮明に覚えているのが、初めてノコギリを手に竹を刈ったときのこと。
青々としたマダケであった。太さはちょうど自分の足ほどもあっただろうか。
ぱっと見、幼女にはとても太刀打ちできないような相手だ。
しかしいざやってみるとノコギリの刃はザクザク、ザクザク。
木材を切るのとはちがう、竹特有の繊維を擦り削るような感触は、他にたとえようがない唯一無二のモノ。
これがまた、面白いようによく切れる。
せっせと作業を続けるほどに、手元からぷぅんとほのかに漂ってくるのは、えもいわれぬ青い香り。
すっかりハマった私は、夢中になってノコギリを動かし続けたものである。
そしてあまりにもハッスルし過ぎたせいで、翌日には全身筋肉痛にて悶絶することとなったのも、いまとなってはいい思い出だ。
……とまぁ、ノスタルジアにポロポロ浸るのはこのへんにして。
そろそろ現実を直視しようか。
夢オチを期待していたのだけれども、夜が明けて目が覚めてからも私はやっぱりタケノコのままであった。
体はあいかわらずほとんど動かない。
当然だ。だって手も足もないタケノコなんだもの。
ちょっと身をよじるのが精一杯。そのくせ意識の方はやたらとはっきりしている。どういったカラクリなのかは不明だが視界もバッチリである。
タケノコに目玉なんて無いはずなのに、じつによく見える。なぜだか耳もちゃんと聞こえるし、ニオイとかも感じられる。口の方もよく回るからボヤキ放題だ。
『タケノコには視覚も聴覚も嗅覚もあった! それどころか自我さえも!』
世紀の大発見である。
学会で発表したら、一大センセーショナルを巻き起こすこと間違いなし。
でもってあまりの荒唐無稽っぷりに、きっと永久追放されちゃうかも。
植物の意識――
その有無については、昔からいろんな学者たちが様々なアプローチにて研究してきた歴史がある。いまだに否定派、肯定派が顔を合わせると議論が白熱するあまり、ついには取っ組み合いのケンカになるとかならないとか。
ここで問題となるのが、想定する意識のレベルだ。
人間の持つ意識と植物の持つ意識。
はたして同じなのかといえば、私は「たぶんちがう」と首を振る。
植物における意識とは『周囲の環境の情報をできるだけ多く集めて、つねに変化に注意を払い、ときに的確に判断しては己の身に反映させることで、自己防衛するための規範とするもの』と考えている。
あ~、ごちゃごちゃとこむずかしい言い回しをしたけれど、ようは『生き残るために必死』ということ。
だから人間みたいにアレコレ余計なことに意識は割かない。
そんなのは時間とカロリーの浪費にて、リソースの無駄遣いだもの。
のほほんと暮らしている人間と植物とでは、日々の過ごし方、生きることへの姿勢や覚悟がまるで違うのだ。
植物たちは世に産まれ落ちてから、萎れて枯れて地へと還るその日まで、それはもうがむしゃらに生きている。文字通り一生懸命なのである。
まぁ、それはさておき、いまは我が身のことだ。
タケノコである。
どこからどうみても、非の打ちどころがないタケノコっぷり。
そんなタケノコだが成長スピードがとても速い。
一日に30センチほどものびる。一時間に換算すれば1センチ以上にもなる。もちろん時期や環境に個体差なんかもあるから、いちがいにそうとは言えないけれども。
ちなみにスゴイのだと、一日で1メートル以上ものびたケースもあるというから驚きだ。
この成長に欠かせない成分がある。
リグニンだ。
陸上のすべての植物に含まれる成分で、これがあるからこそ植物たちは重力をものともせずに、太陽に手をのばせる。
竹はそんなリグニンがとっても豊富なのである。
「これさえあれば、もう誰にも貧弱なボウヤだなんていわせない。次の夏の浜辺はボクのもの」
と、ブツブツつぶやいては、せっせとリグニン抽出に勤しんでいる研究室の同僚がいた。
「なに? 私生活で困っていることがあるだと。
よろしい、そんなときこそリグニンの出番だ。世の中、リグニンさえあれば大丈夫。
貧弱なボウヤもムキムキのモテモテとなり、何かと当たりのキツイ姑は嫁に優しくなり、何かと当たりがキツイ嫁もまた姑と夫に優しくなって、家庭に平穏が訪れるだろう。そしてゆくゆくは輪が輪となって、世界平和へと繋がっていく。
よってリグニンこそがありとあらゆる問題を解決するのだ。あとセルロースも忘れるな」
と言っては、やはりせっせと抽出作業に勤しんでいる先輩もいた。
かくいう私も「きっとリグニンが人類を救うのにちがいない。リグニンさえあれば空も飛べるさ。かめは〇波はムリかもしれないけれど、ど〇ん波ぐらいなら撃てちゃうかもしれない。そして人類は新たなステージへと。わっははは、ビバ、リグニン! リグニン文明の夜明けぜよ」と信じていた。
でも、いざ自分がタケノコとなって、体内にて満ち充ちているリグニンパワーを感じるにあたって、その自信はいささか揺らいでいる。
「さすがに人類を救うのは、ちょっと大言壮語がすぎたかもしれない」
そんなことをつらつら考えていたら、はや日が暮れてきた。
もうすぐ夜が来る。
「だってしょうがないじゃない! タケノコなんだもの!」
動けないから、じっとしているしかない。
話し相手もいないから、ボケとツッコミをひとりでやらなければいけないから、とってもたいへんだ。
こうしてタケノコ暮らし一日目は、ぼんやりと無為に過ぎていった。
私は早やこの状況を持て余しつつある。
退屈である。これは困った。どうしよう……
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