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013 国境
しおりを挟む都市機能のすべてが高い壁の中にすっぽり収まっている城郭都市ホワメン。
いざという時には国防を担う拠点となるから、造りは堅牢そのもの。
神聖ユモ国とパオプ国とを結ぶ玄関口となっており、各地から伸びている街道の集合地点でもあるので、人と物があふれてとっても栄えている。
が、ここでも物資を補給するのみにて、わたしたちはほぼ素通り。
関所を通る際、係の者から通行手形の提示こそ求められたものの、荷を解かれたり質問を受けるようなこともなし。いちおう自分の背負い袋の中身をぶちまける用意はしておいたのに。
一般用ではなくてえらい人用の門だったせいかもしれないけれども、あまりにあっさり通過させたことに、いささかひょうし抜け。
だって、せっかくの人生初の外国への旅なんだもの。
いかにもな雰囲気のダメ係員に「おうおう」と絡まれて、不当でご無体な袖の下とかを要求されたところで、颯爽とミヤビとアンをとり出し「この不埒者めが、天誅!」とかやってみたかった。
わたしがそんな阿呆な妄想を口にしたら、「ふふふ」と笑ったシルラさん。
「どうやらチヨコはいろいろと誤解をしているようだな。あんなのは芝居とか物語の中だけの話だ。実際に国境の警備に当たっている者たちは、厳正のうえに厳選された人員で固めるものさ」
国外から来訪する者たちにとっては、一番最初に顔をあわせ言葉を交わすことになるのが、国境の関所にいる係員たち。
係員らの対応いかんでは、来訪者たちの自国へと抱く印象が、良くも悪くもガラリとかわってしまう。
彼らはことが起これば、真っ先に矢面に立つ防人であるのと同時に、自国の代表でもあるのだ。
その気概と覚悟を持った人員で統一される。
それが国境の関所という場所。
国にとってもっとも重要な拠点のひとつであるがゆえに、規律は厳しく不埒者なんぞを置いておくことはまずない。もしもそんなのが大手を振っていたら、その国はけっこうヤバい状態にある。
シルラさんからそう教わって、わたしは「へー」
◇
城郭都市ホワメンの関所を抜けて、晴れて国外へ。
とはいっても、しばらくは中立緩衝地帯の荒野を突き進むことになる。
荒野というだけあって、岩と土くれだらけの殺風景な景色。
近くに水源がないらしく、土も乾いており、雑草までまばらなところを見るに、栄養もいまいち。開墾してもあまり成果は期待できそうにない。
もっともそんな寂しい土地だからこそ、ここを求めて争うこともなく中立地帯となっているのだろうけれども。
そんな場所のど真ん中あたりで野営。
設営された天幕の中で、わたしは荷をほどく。
背負い袋から取り出したのは、土だけの鉢植え。
コンコンと縁を叩き「出ておいで」と声をかけたら、土の中からムクリと姿を見せたのは、単子葉の芽。
で、見る間ににょきっと育ち、黄色い花がポンと咲いて「あー、よく寝た」と言ったのは、単子葉植物の禍獣のワガハイ。
ワガハイは今回の旅が始まってすぐに新しい芸を身につけた。
ソレがこれである。
なにせ今回の旅はムキ出し輸送ゆえに、彼はずっと背負い袋の中。
しかしこれがヒョロっちい茎と枝葉の貧弱坊やにとっては、けっこう死活問題。
何かのひょうしに袋がグシャ。ポキっとカラダが逝きかねない。
「こりゃあたまらん。世界的損失。乙女たち号泣」
追い詰められたワガハイは、いろいろ試すうちに自身の成長を逆行し、土に潜れることを発見する。
おかげで持ち運びが楽になった。
これってたぶんスゴイこと。
でもよくよく考えたら、まったく役に立たない能力でもある。
かくしてワガハイは「難解な単語でめんどうくさいおしゃべり」「しっとり愚痴に耳を傾ける」「ゆらゆらカラダを揺らしてくねくね踊る」「宴会芸より少しマシな声マネ」に続く第五の能力「幼きあの日に戻って土に潜る」を会得した。
えーと、これっていちおうは進化しているんだよね?
ちゃんと成長しているんだよね?
わたし同様にちっとも大きくならないけど。
◇
わたしがワガハイに水をやりながら、「そのうち根っこでスタコラ走り出すんじゃないの」「まっさかー。それをやっちゃあ、ワガハイ、もう植物じゃなくなるじゃん」などと戯れていたら、こちらをジーッと見つめていたシルラさんが、急にずずいと近寄ってきた。
何ごとかと思えば、彼女の視線は白銀のスコップ姿のミヤビと折りたたみ式草刈り鎌姿のアンたちに……。
ではなくって、彼女たちがちょこんとお行儀よく収まっている帯革へと注がれていた。
天剣(アマノツルギ)であるうちの子たちそっちのけで、熱心に見つめている。
「えっ、そっち?」わたしは首をかしげつつ「どうかしたの?」
「じつは前々から見事な帯革だと気にはなっていたんだが。あらためて見てみると、やっぱり惚れぼれする仕事だな」
シルラさんほとほと感心。
鉄と職人の国の人間にそこまでいわせるとは、うちの里の鍛冶師もなかなかやるね。
フフン。同郷の人間が褒められるのは、けっこう気分のいいものである。
「さすがはボトムさん」
うれしくなったわたしがつい名前をポロリ。
これを耳にしたシルラさんが「えっ、ボトム!」と驚きの声をあげた。「いや、でも、まさか」と何やら考え込んでしまう。
で、気になるから理由をたずねたら、聞かされたのはとある鍛冶師のお話。
なんでも彼女が生まれる前のこと。
パオプ国の首都ヨターリーにて、おおいに名を馳せていた伝説の鍛冶師がいたんだとか。
でも、その名が広まるほどに、名声が高まるほどに、客からは「やれ見栄えをもっと」とか「金に糸目はつけないから早く」とか「とにかく斬れる剣を」などという注文がうるさくなっていった。
一流の職人であるほど、自分の仕事に誇りを持ち、納得のいかない仕事にはガマンがならない。
たまりにたまったうっぷん。
これがついに爆発したのは、とある国のとある王族のとある王子さまを相手にしたとき。
「高貴な私が持つにふさわしい、最上の剣を打ち、これを納めよ」
なおその王子さまは剣なんぞまるで使えない。手なんて生まれたての赤ん坊がそのまま大きくなったように、ぷよんぷよん。
ようは腰に映える品を作れということ。
その一事でもって、この王子さまがいかにダメなのかはわかるだろう。
ブツンと堪忍袋の緒が切れた鍛冶師は、この依頼にゲンコツでもって答えたという。
そんなマネをしでかせば、いかに職人らを手厚く保護しているパオプ国とてただですむはずがない。さりとて優秀な職人を無下に扱えば、国のあり方そのものが揺るぎかねない。
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かくして彼は二重の意味で伝説の鍛冶師と呼ばれるようになった。
その鍛冶師の名前がボトムといったらしい。
シルラさんによれば、その伝説の鍛冶師はパオプ国の中枢を担う十二支族のうちのひとつ、虎族(コゾク)の出身らしく、大柄なのが特徴との話。
「まさかぁ。きっと名前が同じだけだよ」とわたし。
うーん。いや、さすがにソレはないでしょう。
いくらなんでも、ねえ?
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