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009 褒賞
しおりを挟む神聖ユモ国第四十九代目・皇・ワシュウ。
この国の頂点に君臨する絶対権力者にして、国教である二柱聖教では現人神(アラヒトガミ)として第三の柱とされている存在。
その正体は、すべてを国に捧げた守り人。
思想信条思考行動、そのすべてを国に換算して選択するがゆえに、国に益ありか否かにてあらゆることを判断する。
不要と考えれば、自分の首すらも躊躇なく己で落としかねない。
静かだけど内に激情を秘めた男。なおいつも御簾越しか、白い頭巾にて顔が隠されているので、容姿についてはわからない。
神さまより剣の母の役割を押しつけられてから、何度か対面し言葉を交わす機会を得たが、いくら経験しても皇(スメラギ)さまの独特の雰囲気と威圧に慣れることはない。
謁見の間にて御簾越し、壇上と階下とはいえ、それはなんらかわらない
そんな皇さまの御前に侍るのは、大柄な八武仙筆頭クムガンと銀髪の麗人である相談役の星読みイシャルさま。
なお、「さま」という敬称については、わたしにとって「頼りになる大人」と「微妙な大人」によって有無が生じている。もちろん対外的には、身分の高い方々にはいちように「さま」をつけてはいるけどね。いくら田舎者とてそれぐらいの社交術は心得ている。
国で一番えらい人と、国で一番強い人と、国で一番賢い人が勢ぞろい。
そんな場面も数えて四度目になるけれども、やっぱり慣れない。胃がきりきりする。
「まずは息災でなにより。して二本目の天剣(アマノツルギ)は」と皇さま。
請われるままに草刈り鎌の姿をした魔王のつるぎアンを取り出し、彼女に頼んで本来の姿である漆黒の大鎌になってもらう。
まんま死神の鎌である容姿を前にして、「ほぅ」と御簾越しに驚いているのかあきれているのかわからない声が聞こえてきた。
クムガンは「勇者ときて次は魔王か。うーむ」と反応に困っている様子。
でもイシャルさまは特に気にした風でもなく、薄青い涼やかな双眸にて興味深げにアンを見つめるばかり。
で、新しい娘(鎌)の紹介もすんだところで、話は先の騒動にまつわる褒賞のこととなる。
「剣の母チヨコよ。何を望む? 何なりと申せ」
皇さまじきじきによる恩賞の沙汰。しかも制限ナシ!
それがどれだけスゴイことかなんて、いかに辺境のきわきわ育ちの小娘にだってわかる。
が、ここでハタと困った。
聖都にでっかい屋敷をもらっても管理できないし、土地とかもらっても同様。金銀財宝は身を持ち崩すのでかんべん。位をもらったところで小娘の下につく方々が気の毒すぎる。役職も同じだろう。異例の出世は妬み嫉みを一身に集めてロクなことにならない。
というか、里長のモゾさんの苦労を幼少期から見て育ったわたしとしては、それ以上の苦役が待っている立場なんてぜったいにイヤ! わたしはあんな頭になりたくない。
どうしよう。いっそのこと、いまこそずっと胸の内にて温めてきた悲願を成就すべきか?
辞書にて「かわいい」と調べたら、「それは愛妹カノンのこと」と記載してもらっちゃう?
でもでも、彼女の人気が国内にとどまらず国外にまで轟いたりしたら、お姉ちゃん困っちゃう。
あーでもない、こーでもないと、うんうん。
しばし悩んでからピコンと閃めいたのは……。
「あっ、だったら植物の図鑑が欲しい、です。あとはクスリの辞典とかも」
辺境に暮らす農業従事者としては、植物の情報こそが宝。そして薬効成分が網羅されてある書物もまた、何ものにもかえがたい価値を持つ。
ぶっちゃけ、ド田舎でミズル銀貨以上のお金をもらっても使うところがない。
里の中なんてほとんど物々交換でまかなえるからね。
お金ではお腹は膨れないし、禍獣も追っ払えないし、寒さもしのげないのだ。
でも有益な知識ならば、ポポの里のみんなで共有できる。いくら使っても無くならないのがすばらしいし、孫やひ孫の代にまでずっと受け継ぐこともできる。
身につけた知識や経験は何者にも奪われないって、学び舎の授業で神父さまも言っていたもの。
だからこれを望んだのだけれども、とたんに謁見の場の空気がざわり。
あれ? なにやら大人たちの反応がちょいとおかしい。
「よもや、そうくるとはな。ふむ……」
皇さま、黙り込んでなにやら熟考中。
「確かに御方さまは『何なり』とおっしゃられたが、なんとだいそれたことを」
大きな体躯をしたクムガン。目をカッと見開き驚愕の表情。
何が「だいそれた願い」なのか、意味がわからずにわたしはオロオロ。
すると穏やかな笑みを浮かべたままのイシャルさまが教えてくれた。
「どうやらお嬢さんは知らなかったようですね。国内の植物について網羅された図鑑というモノが、それこそ国宝に匹敵するほどの価値を持つということを。薬の辞典もまたしかり。なにせ掲載されてある生息地の情報などは、そのまま国内の地理や環境の仔細をあらわしていますからね。我が国を狙う者にとっては、これほど魅力的な品もないでしょう」
植物はありとあらゆるところに存在している。
だから情報収集も自然と津々浦々にまでおよぶ。
先人たちが身を削り、多大な労力と人生を費やし、何代にも渡ってコツコツと地道な調査を積み重ねた集大成。
国防にも関わる門外不出の情報満載。
ちなみに国内の詳細な地図とかも機密扱いにて、勝手に外部に流出したら即座に首がとぶんだってさ。
つまり図鑑とは、それだけ取り扱いがムズカシイ超危険物だということ。
イシャルさまの説明を聞いて、わたしは真っ青になった。
いやいやいや、ちがうから。わたしが欲しかったのはそんな危ないシロモノじゃなくって。もっと、こう、庶民の生活に根差した「あったらいいな」ぐらいのマメ知識の本なんです! 小さな子どもとかが集まって、わちゃわちゃ眺めるような感じの!
国の頂点付近にいる者たちと、国の底辺をウゴウゴしている庶民との感覚の差がここにきて如実にあらわれた。
両者の間にはとんでもなく広くて深い溝がででんと横たわっていたよ。
わたしがアワアワしていたら、御簾の向こうからまさかの「よかろう。その願いかなえよう」との声。皇さまは続けてこうもおっしゃった。
「ただし予防措置はとらせてもらう。ポポの里より持ち出せば燃えて消滅するよう、魔術師たちに仕掛けを施させる。あとは相応の保管場所も必要となるから、里への援助に専用の文庫の建設も加えておくとしよう」
なにやらとんでもないことになってしまった。
ちなみに文庫ってのは書物用の蔵のこと。
あー、きっと高価な書物を収める場所だから、文庫の造りも立派なモノになるんだろうなぁ。
国防に触れるような危険物を里で抱えることになってしまった……。
こりゃあ、里長のモゾさんの残り少ない毛髪は完全に逝ったね。
ナムナム。
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