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039 蒼のスーラの伝説

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 いま、わたしとホランは海軍の軍船にて、ヨスさんら海の民ダゴンたちが身を寄せている小島の沖合にきている。

 監獄島カイリュウから本国へと向かう船があったので便乗させてもらった。
 いつもみたいに魔王のつるぎアンの空間転移能力で、自分だけサクっと直帰してもよかったんだけど、今回はいろいろがんばったこともあって、とっても疲れた。
 だからのんびり船旅としゃれ込む。
 ……つもりだったのに、ホランに報告書の作成を手伝わされている。
 ほぼ船室に閉じ込められっぱなしで、ひたすら誤字脱字と数字に悩まされる。あと船の横ゆれが憎い。もう少しで仕上がるというところで、グラ。書きかけの文字がぐにゃとなって、ヘンな線びろーん、台無しに!
 そんな苦行のかたわら、船長さんのご厚意によって、ちょっと遠回りして島に立ち寄ってもらった次第。

 人禍薬を投与されて、一時は異形になっていたものの、わたしの才芽と天剣(アマノツルギ)のチカラにて、どうにか元の姿をとり戻したヨンドクさんやネクタルたち。
 彼らの体調もずっと気になっていたのだが、何よりもここに来た一番の目的はホランの気持ちの行方。
 ホランは何も言わない。不自然なほどにそのことに触れようとはしない。
 そしてわたしも何も言わない。なんとなく彼がいかなる選択をするのか、察してはいたけれども、一切口をつぐむ。

  ◇

 島へはわたしとホランだけが上陸した。
 笑顔で出迎えてくれたヨスさんの口から、みんながすでに目を覚まし、容体も安定していると聞かされて、わたしはホッと胸を撫でおろす。
 ヨスさんもそのことをよろこんでいる。けれども、直後に彼女の目が泳いだことをわたしは見逃さない。それはホランも同じ。

「何か……あったのか?」

 ホランからの問いかけに、ヨスさんがうつむく。
 固く握られたヨスさんの拳から、何かがあったことは確実であった。
 両肩をホランに掴まれ問い詰められたヨスさんが、いまにも泣き出しそうな表情となり、小さく「すまない」とつぶやく。
 言葉の意味をはかりかねて、「どういうことだ! ネクタルに何かあったのか!」と声を荒げるホラン。
 するとヨスさんはうな垂れたまま「自分の目で確かめてくれ」とだけ言った。

 ヨスさんに案内された先では、女衆にまじって談笑しながら投網の手入れをしている黒髪の乙女の姿があった。
 見たところ無事そのものにて、特に変わった様子もない。あれから異形化の症状も出ていないというし。
 だからホランが「ネクタル!」と名前を呼ぶ。
 反応してこちらに顔を向けたネクタル。

「あら、ヨス。そちらはお客さま? あなたが男の人を連れてくるなんて珍しいことがあるものね。雪でも降らなければいいんだけど」

 にこやかに微笑む姿は以前と何もかわらない。
 海風にゆれる艶やかな黒髪、髪の色と同じ瞳、穏やかな眼差し、健康的に焼けた肌、スラリとした輪郭、物静かな雰囲気……。
 でも、その中からごっそりホランのことが消えていた。
 いや、正しくは近々の記憶が喪失されていたのである。

「きっとあの人禍薬の副作用ですわ。あれほどの急激な変質……。
 何度も肉体の再生と破壊をくり返した結果なのでしょう。
 頭の中の一部に欠損が生じたものとおもわれます」

 帯革内にて白銀のスコップ姿のミヤビが、ネクタルの身に起きたことを説明してくれる。
 なんら生活に支障はなく、失われた記憶もほんのごくわずか。
 あれほどの災厄にみまわれたことを考えれば、これは十分に行幸、奇跡の範疇。
「だからチヨコ母さまが気に病むことはありませんわ」とミヤビが慰めてくれる。その声をわたしはぼんやり聞いていた。
 すべてを救うことなんてできない。
 そんなことははじめからわかっていた。わかってはいたけれども、これはあんまりな結末であろう。
 よりにもよって一番大切な想いだけが、スルリと手の中から零れ落ちるなんて。
 すぐ目の前にいるというのに、手をのばせば抱き寄せられるところにいるというのに、愛だけが届かない。
 潮騒がどこか遠い。

  ◇

 神聖ユモ国のチューワンの港へと向かう軍船の甲板。
 すでに海の民たちの島は水平線の彼方に消えてひさしい。
 あれからホランはずっと黙ったまま。
 わたしも何と声をかけていいのかわからずに、ただ隣に並んで海を眺めていた。
 ひとつの愛がひき裂かれて終わった。
 だというのに世界は何もかわらない。
 あいかわらず空は青いし、太陽はまぶしい。海も青く、風と波がせわしなく行き交う。
 当たり前といえば当たり前。だけど……。
 でっかい海を目の前にしていると、イヤでも思い知らされるのは己の矮小さ。
 人間とはなんてちっぽけなんだろう。
 でも懸命に生きている。この世界で生きている。
 なのに、ほんのささやかなしあわせすらもが奪われることがある。踏みにじられることがある。
 そのことが、わたしは無性に悔しくってしようがない。

  ◇

 どれほどの時間、海を眺めていたであろうか。
 少し風が冷たくなってきた。
 ホランがようやく口を開く。

「たぶんこれでよかったんだ。どのみちオレは、影であることを捨てられなかったんだから」

 なんとなくわたしはそんな気がしていた。
 見上げた先にはすべてを呑み込んだ男の横顔。
 わたしの目にはホランがちょっと大きくなったように映る。

 一路、港を目指す軍船。
 そろそろ船内へ戻ろうかという段になって、わたしがふと思い出したのは、カイリュウの地下深くにあった海底大空洞で遭遇した不可解な出来事。
 奈落と呼ぶにふさわしい縦穴から落ちた先にあった場所。
 いかに海水が溜まっていたからって、あの高さから落とされてただですむわけがない。
 なのに、あそこに捨てられた海の民たちは全員瀕死ながらも生きていた。

「アレっていったい……」

 ずっと頭の隅にひっかかっていた疑問。
 わたしが「ヘンだよねえ」と首をかしげているとホランが言った。

「そいつはたぶん『蒼のスーラ』のおかげだろうよ」と。

 広大な海では、ときに人知を超えた現象が起こることがある。
 誰よりも海を愛し、海に生きるダゴンの民たちですらもが、まるで見たことも聞いたこともないような海のふしぎに遭遇することがある。
 そんなとき海の民たちは「蒼のスーラのきまぐれ」と言うんだそうな。
 それは海の伝説。
 とてつもなく超大なのだという。
 生物なのか、禍獣なのか、神なのかは、誰にもわからない。
 なにせ姿が見えないのだから。
 でもいることはわかる。確かに存在を感じられる。
 クラゲのように世界中の海を気まぐれに漂っては、ときおり恵みを与えたり、ふしぎなことを起こしたりするという。

「その『蒼のスーラ』ってのが、みんなを助けてくれたっていうの?」
「さぁな。ただ、そんな迷信があるって話だ」

 肩をすくめて歩き出したホラン。
 すでにいつもの調子をとり戻しており、わたしはちょっとホッとする。
 すると立ち止まったホランがこちらをふり返り、「おら、モタモタすんな。とっとと部屋に帰って報告書の続きを仕上げるぞ」
 ホランの言葉にわたしはおもいっきり「えー」と不満をもらした。



―― 剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?四本目っ!海だ、水着だ、ポロリは……するほど中身がねえ! (第四部完) ――


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みんなの感想(20件)

龍牙王
2020.10.20 龍牙王

ハウエイさん…おっそろしい人!!Ww

解除
龍牙王
2020.10.19 龍牙王

潜入方法オモロイわ

解除
龍牙王
2020.10.19 龍牙王

はい??、聖地巡礼の旅で、ポポの里??WW

解除

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