剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?四本目っ!海だ、水着だ、ポロリは……するほど中身がねえ!

月芝

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035 矛と銛

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 船体が真っ二つに折れても、なお海面にしがみついている黒鬼。
 だがそれも時間の問題であった。
 浸水が容赦なく船内を蹂躙し続けている。
 じきに暗い水底へとひきずり込まれることは明らか。
 モタモタしていたら沈没に巻き込まれてしまう。
 派手にくぼんだ甲板から破砕槌をひき抜いたわたしは、すぐさまミヤビと合流して離脱をしようとする。
 しかしそのとき……。

 船内へと通じる扉が蹴破られて、奥からのそりと姿を見せたのは、あの盲目の女海賊。
 傷だらけの血まみれながらも、いまだ覇気は衰えることなく、むしろ凄みが増してすらもあった。
 飽くことなき闘争心、尽きることのない生への渇望……。
 他者を喰らい、己が生き延びる。
 それは生物の根幹をなす本能。
 情けなんぞはどこぞに打ち捨てて、ただ本能に従い突き進んできたであろう女海賊の壮絶さを前にして、わたしはおもわず息を呑む。
 チカラならば天剣(アマノツルギ)を保持するわたしの方が圧倒的に有利。
 しかも敵は傷だらけの死に体。
 負ける要素は何ひとつない。
 なのに気圧される。
 それはまごうことなき魂の強いかがやきがもたらすもの。
 ただし、とてつもなく黒い。
 善悪の彼岸にて磨きこまれた漆黒。余分なものが削ぎ落とされた、純然たる邪が身にまとう妖艶さが、ある種の麻痺毒となって、わたしの精神を浸蝕し意識をシビレさせる。
 そんな中でわたしの脳裏に浮かんだのは、城塞島カイリュウの深部にて行われていた非道な人禍薬の実験のこと。
 ヨンドクさんやネクタルたちのような善男善女ですらもが、たちまち狂暴な異形へと変えられてしまう恐ろしいクスリ。
 彼らはクスリを強制的に投与されて、あんな姿になってしまっていたけれども、この女はちがう。
 この女海賊は人の姿のままで、とっくに人であることをヤメている。
 人の皮をかぶったバケモノ。
 こいつこそが人禍獣と呼ぶにふさわしい。

 盲目の女海賊が銛を手に獰猛な笑みを浮かべ、一歩を踏み出す。
 わたしは動けない。小さく「あっ」というマヌケな声をあげただけ。

  ◇

 唐突に陽射しがさえぎられたとおもったら、ひらりと舞い降りる影があった。
 立ちすくむわたしと女海賊の間に降り立ったのはホラン。
 神聖ユモ国の艦隊を城塞島へと向かわせてから、竜巻となって霧を晴らしていた魔王のつるぎアンに連れられての参上である。

「嬢ちゃんはさがってろ。こいつはオレが殺る」

 腰の剣を抜いたホランが盲目の女海賊に切っ先を向けた。
 わたしは戦いの邪魔にならないように、ミヤビに乗剣してすぐさまその場を離れる。

 ゆっくりと傾いでいく甲板にて対峙するホランと女海賊。

「オレの名はホラン。神聖ユモ国の皇(スメラギ)さまに仕える者だ」
「こいつはご丁寧にどうも。あたいはレイハイ。ただの雇われ海賊さ」

 互いに名乗りがすんだところで、先に動いたのはレイハイ。
 盲目の女海賊が放ったのは銛による突き。
 これを剣で受け流したホラン。すぐさま攻勢に転じようとするも、その動きがとまる。
 みれば黒い銛の先端のギザギザが、ホランの剣をくわえ込む形で交差していた。
 もしもチカラまかせに踏み込んでいたら刃が欠けていたか、最悪、へし折れていたかもしれない。
 とっさに踏みとどまったホランが「ちいっ」と舌打ち。
 その様子を前にしてレイハイが「惜しい」とあざ笑う。
 直後に各々が後方へと跳んで、ふたたび両者の間に距離が生まれる。

 今度はホランから仕掛ける。
 ホランは剣を足元すれすれにすくい上げるようにして振り抜き、これを受けて濡れた甲板から飛沫がパッと散った。
 目くらまし、あるいは陽動。
 しかしレイハイは冷静に対処。続けてホランが放った胴薙ぎの一閃をも、銛の柄にて容易くはじいてみせる。
 が、これには防いだはずのレイハイが、かえって怪訝そうな表情を浮かべることになった。
 相手の力量を考えれば、あまりにもぬるい攻め手であったからである。それにやたらと軽い剣でもあったから。
 事実その通りにて、一連の行動は様子見。
 ホランは見極めていたのである。レイハイが持つ才芽を。
 霧けむる海上にあって、銛の投擲を離れた目標に必中させ、見えないはずの相手の位置を的確に把握するチカラ。それがどの程度のシロモノなのかを。
 結論としてホランはこう判断する。

「レイハイのチカラはたしかにやっかいだが、接近戦ではさほどの脅威足りえない」と。

 目が見えないながらも常人以上に動ける。
 そのことだけでも充分に称賛に値すること。
 だが、そのチカラが最大限に効果を発揮するのは、やはり視界が悪い状況下。
 霧が濃かったり、闇夜や暗がりであったり、あるいは入り組んで死角の多い建物や倉庫の内部とか。
 いまのように二人の間に何もない状況にて、剣を交えて確信を得たのは「この女海賊は反応速度が非常に優れているが、逆にいえばそれだけ」ということ。
 たしかに強い。文句なしに猛者に分類される女であろう。
 けれども超人ではない。
 自分が知るバケモノじみた武勇を持つ連中と比べれば、まだまだ人間の域にとどまっている。
 相手も自分同様に足踏みをして伸び悩んでいるとわかって、ホランがニヤリ。
 すると敏感にこれを察したレイハイ。これまでの余裕顔から一変して憤怒の形相に。

「その態度、どうにも気に入らないねえ!」

 怒号とともに突っ込む女海賊。狂暴な銛の先端がギラリと剣呑な輝きを放つ。
 これを迎え撃つ影矛の男。両手持ちにて剣を正眼にかまえた。


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