31 / 39
031 海戦
しおりを挟む城塞島カイリュウをのぞめる位置にて隊列を組んでいたのは、神聖ユモ国海軍の艦隊。
十二隻で編成された隊を率いる旗艦の艦長室にて、のんびりお茶を飲んでいたのは小柄な爺さま。
彼こそが提督ササノハ。やや腰の曲がった白ひげの好々爺。しかしそのボケボケした見た目に反して、老獪さでは右に出るものなしといわれる海の名将。
ササノハはホランから連絡を受けとるなり即座に決断し、この海域へと出陣していた。
「にしても、ホラン坊もしぶとい。よもや生きておったとはなぁ。伊達に影に選ばれたわけではなかったということか」
机の上にはホランが寄越した伝書羽渡(でんしょはと)。
ササノハが愉快そうに目元を細めたところで、艦長室の扉が開き姿を見せたのは副官。
「提督、島に動きがありました。ただし、潜入している味方からの合図ではありません。姿を見せたのは例の黒鬼です」
報告を受けたササノハは「そうか」とやや表情を曇らせる。
なぜなら黒鬼の出現は、ホランの人質奪還が失敗、もしくは間に合わなかったことを意味していたから。
そして敵が動き出したからには、これ以上待つことはできない。
意を決したササノハは副官に命じる。
「全艦迎撃準備。整いしだい手筈通りに。それから近くにいる海の民たちには『危ないから離れているように』と伝えておくのも忘れるな」
提督よりの命令を受けて、敬礼ののちにきびすを返した副官。
規則正しい足音が遠ざかるのを扉越しに耳にしながら、提督ササノハは「よっこらせ」と重い腰をあげた。
「よもやこの歳になって鬼退治をさせられるとはなぁ。最後まで腰がもてばいいのじゃが……。
どれ、これが片づいたらバアさんを誘って、聖都で近頃評判の『神泉の井戸』というやつを試してみようかの」
◇
かくして始まった海戦。
この日の周辺海域の天候はくもりながらも、空は明るく白い。視界もわりと良好にて、波もいつもよりは穏やか。
城塞島カイリュウから出航した黒鬼。
それと対峙するのは神聖ユモ国海軍の軍船十二隻。黒鬼をとり囲むように扇形に布陣。
包囲網としては薄く、まずは挨拶がわりに一発ぶっ放したのは黒鬼。
炸裂する砲弾が一直戦に向かってくるも、これをスイとかわしたユモ国の軍船。
事前にホランからもたらされた情報によって、タネはすでに割れている。
この攻撃は視界がある程度明瞭かつ、発射の動きをよくよく見極め、きちんと距離さえとっていれば、十分に回避可能なのは解析ずみであったのだ。
飛んできた黒い砲弾をことごとくかわしつつ、「ヘンじゃのぉ」と首をかしげたのは旗艦の艦長席にて指揮をとっていた提督ササノハ。
「話に聞いていたよりも、攻撃の間隔がずいぶんと長い。情報ではもっと間断なくバンバンぶっ放すとあったが」
「ええ、次弾が放たれるまでに奇妙な間がありますね。おかげでこちらは対処が楽ですが」そばに立っていた副官も「何かあったのでしょうか」と怪訝な表情を浮かべている。
するとちっとも当たらない砲撃に業を煮やしたのか、黒鬼が前進をはじめた。
けれどもその動きにあわせて、ユモ国側は後退を開始。
自慢の推進力にていっきに距離を詰めようとする黒鬼ではあったが、潮の流れがこれを邪魔し、ようやく近づいたとおもったとたんに左右の横っ腹にチクチクと攻撃を喰らって足踏みをさせられる。
体当たりにて軍船を沈められるほどの強度を誇る黒鬼ゆえに、たいして効きはしないが、それでも船が揺れる。そうすると乗り込んでいる船員たちのほうがただではすまない。
で、黒鬼がもたついているうちに、神聖ユモ国側は布陣を整え元通り。
しばしこれのくり返し。
弾と魔道推進器の燃料となる魔晶石をムダに消耗させられるばかりの黒鬼。
老獪でいやらしいやり口。
自分たちを疲弊させてから、攻勢に転じる作戦かと黒鬼側がにらんだのは当然のこと。
だがそんなチマチマした作戦なんぞを、あっさり喰い破るのが黒鬼の黒鬼たる由縁。
猛然と直進したかとおもえば、いきなりの海面を横に滑り出した黒鬼。船底に設置されてある可動式水流推進器がうなりをあげて、黒鬼の船体がイナズマのような軌道を描く。
船としてはありえない動き。
対応しきれなかった一隻がついに黒鬼にとらえられた!
船尾側面に喰いつかれた軍船は、あっさり粉砕された。
破壊された軍船が船首を天へと向けた姿勢にて、ゆっくりと海中に没していく。
沈みゆく船からあわてて逃げ出す者たちを尻目に、すぐさま次の獲物へと黒鬼は向かう。
砲撃の手をとめて船体制御に集中しているのか、高機動を続ける黒鬼は止まらない。
次々と撃破されていく神聖ユモ国側の軍船。
けれどもその数が四隻目へと差しかかったところで、異変が生じた。
軍船のどてっ腹へと正面から突っ込み、船首のツノをめり込ませ、相手の船体をへし折ろうとした黒鬼の動きが唐突に止まったのだ。
原因はいましがた仕掛けた相手の船の中。
丸太の棒のような鉄の塊が一本、デンと船の内部に横たえられていたのである。
「ゴォオォォン」
重く鈍い音が海域中に鳴り響く。
自らそんなシロモノに頭から突っ込んだ黒鬼は沈黙。
その隙に左右から迫ったのは、船首が鉄板で補強された神聖ユモ国の軍船。
なんと! そのまま体当たりを敢行。
三方を抑えられて身動きがとれなくなった黒鬼。ここから乗り込んでの白兵戦が展開されるのが海戦のつねではあるが、今回はちがった。
すぐさま退艦を開始した神聖ユモ国の兵士たち。
あわてることなくテキパキと脱出用の小舟に分乗し、自分たちの船を離れていく。
そして全兵士の退去が完了したところで、提督ササノハが合図を送る。
たちまち三隻の軍船は黒い煙をあげ、炎に包まれ、黒鬼を挟んだまま盛大に爆ぜた。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。
第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。
のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。
新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第三部、ここに開幕!
お次の舞台は、西の隣国。
平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。
それはとても小さい波紋。
けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。
人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。
天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。
旅路の果てに彼女は何を得るのか。
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」
からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。
不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。
いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、
実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。
父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。
ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。
森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!!
って、剣の母って何?
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。
役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。
うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、
孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。
なんてこったい!
チヨコの明日はどっちだ!
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
にゃんとワンダフルDAYS
月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。
小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。
頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって……
ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。
で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた!
「にゃんにゃこれーっ!」
パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」
この異常事態を平然と受け入れていた。
ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。
明かさられる一族の秘密。
御所さまなる存在。
猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。
ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も!
でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。
白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。
ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。
和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。
メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!?
少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる