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028 活路

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 いちいち汲むのはたいへんなので、海水を直接引き入れられるように溝を掘り、その先に寝ながら入れる風呂のような空間を造る。
 内部にはなだらかな傾斜を設け、これに背を預けることで溺れることなく、つかっていられる仕様。
 勇者のつるぎミヤビが変じた白銀のスコップと、土の才芽を持つわたしの手にかかればちょちょいのちょい。
 わたしは荒事はいまいちだが、土いじりには自信があるのだ。
 二つの浴槽をこしらえ、そこに水をはり、ネクタルとヨンドクを横たえると異形化はとまった。でもまだ予断は許さない。
 容体が安定したネクタルにつきっきりのホランを尻目に、わたしは「ふぅ」と額の汗をぬぐう。

「とりあえずはこれでよし、と。でもいつまでもこのままってわけにもいかないよね? ずっと水につかっていたら、さすがにカラダに良くないだろうし」

 ひと仕事終えて、わたしが「これからどうしよう」と相談したら、ワガハイがまたもや「経過観察」と口にした。
 その理由は、先ほどとは少し状況が異なっているから。
 さっきはわたしがせっせと水の才芽を込めた海水を、ミヤビといっしょにかけていたけれども、いまは特製の浴槽に横たわることで新たに土の才芽の効果が加わっている。
 水と土の才芽に天剣のチカラが合算されると、禍獣化現象を引き起こす。
 禍獣化現象は本来ならば大自然のなかで、偶然に偶然が重なって起こること。
 ネクタルたちが苦しんでいるのは、人を禍獣にする薬を投与されたせい。
 ならば、それに匹敵する、もしくはそれ以上のチカラならばあるいは……。

「それを成すチヨコの、剣の母のチカラに賭けてみよう」とワガハイは言った。

  ◇

 ネクタルたちのお世話はホランにまかせて、そのあいだにチヨコ組は総出でせっせと別のお仕事。
 黒鬼にさらわれて、人禍薬とかいうやつの被検体にされた他の海の民たち。
 みんなこの海底の大空洞に遺棄されているらしいので、その捜索と発見された人たちを治療するための浴槽造りに精を出す。
 でもここでちょっと奇妙なことが起こった。
 なんと! さらわれた全員を確保することに成功したのである。
 瀕死のズタボロではあったが、それでもみんな生きていた。
 このことに「ご都合主義バンザイ!」と諸手をあげてよろこびつつも、わたしはおおいに首をひねる。
 ぶっちゃけ一人か二人、拾えたらめっけものぐらいに考えていた。いや、正直に本心を吐露すれば、まるっきり期待していなかった。
 なのに全員だよ? しかもヘンテコなクスリを投与されたあげくに、あの奈落を真っ逆さまに落ちて。いかに下が水だったからって……。
 いろいろやらかしているわたしが言えた立場ではないが、これっておかしくない?
 が、そんなことをのんびりと考えている暇はないので、疑問を頭の隅へと追いやり、いまは自分にできることに専念する。

  ◇

 ズラリと並ぶ浴槽内にて、こんこんと眠り続けているのは救助された海の民たち。
 そちらはホランにまかせ、わたしはミヤビに乗って大空洞内をぐるっとひとっ飛び。
 飛びながら帯革内に戻っていたアンに「やっぱりダメかな?」とたずねるも、答えは「……ごめん。ムリ」
 こんな状況ゆえに、魔王のつるぎの持つ空間転移能力を使ってみんなを搬出したかったのだけど。
 けれども以前のように問答無用で「イヤ!」ではなくて、今回は申し訳なさそうに「ムリ」と言った。
 物言いの変化が気になったわたしは少し踏み込んでみる。
 すると明らかになったのは、空間転移能力について新たにわかったこと。
 使用できるのは日に三回きり。
 移動する距離にあわせて相応に時間が消費される。
 転移空間内では足下に浮かぶ光の線の誘導に従うこと。
 などなどの制約の他にも、どうやら異物を拒絶するらしい。
 この場合の異物とはわたし以外の人物のことを指す。物品や鉢植え禍獣のワガハイとかならばだいじょうぶらしいのだが、とにかく人間がダメらしい。親和性とか波長が合わないらしく、空間内部が乱れて正常に機能しなくなる。
 この話を聞いて、わたしはブルルとふるえた。
 あの内部で迷子になるおそろしさは体験した者にしかわからない。

 まぁ、そういった事情につきアンのチカラでの脱出は却下。
 でもって次にわたしが帯革からとり出したのは、ツツミ。
 最寄りの岩肌にて、金づちをコツン。
 大地のつるぎが持つ空間把握能力が発動。音の波紋が広がって、たちまち周囲の状況をわたしに伝えてくれる。

「はてさて、どこぞに外へ通じている場所はないかなぁ……と。
 おっ! けっこう大きな亀裂があるね」

 大空洞の内海の底に走っている亀裂。
 その奥が洞窟になっており、どうやら外界に繋がっているっぽい。
 洞窟の全長は三ドド(三キロメートル)ほどもあろうか。
 構造自体はしっかりしており、通り抜けられそう。
 ただし問題がひとつ。
 それはこの洞窟が完全に海水に没しているということ。
 フム、これは困った。どうしよう……。


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