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020 闇鍋
しおりを挟む空調のための配管の中に身を潜め、ほふく前進。城塞島カイリュウの奥へと探索の手を広げていたわたしたち。
ふいに「クゥ」と鳴ったのは、わたしのお腹。
潜入してからけっこう時間が経っており、ずっと動き回っていたところに、おいしそうなニオイが漂ってきたものだから、たまらない。
ニオイに釣られて、ふらふら。
で、たどりついたのが調理場。
滞在している大勢の人たちの胃袋を満たすためなのだろう。ものスゴク大きく立派な調理場だけれども、いまは無人。料理人らの姿はない。
ただ、いいニオイだけが充満している。食事の準備を終えて、休憩にでも入っているのかな?
しめしめとばかりに、わたしたちは調理場に侵入。食べ物を物色することにした。
ホランが保管庫を漁っているうちに、わたしは壁際にずらりと並んだ鍋を調べる。
大鍋六つに、中鍋二つ、小鍋一つ。
端から順に中身をあらためてみると、大鍋五つは野菜や海鮮などの具がごろごろ入った煮込みなのに、一つだけは明らかに中身がスカスカ。具も小指の爪の先ほどの大きさというしょぼい内容であった。
味もそれに準拠しており、おそらく具が豊富なのが兵士たち用で、汁気たっぷりの貧相なのが、囚人とかのためのものなのだろう。
これが中鍋になると、使われている肉の質がぐんと良くなっている。こちらは幹部とかえらい人用なのかも。
でもって一番小さな鍋なのだが……。
ふわんと漂うのは芳醇な香り。舌触りが滑らかで雑味は一切なし。宮廷料理に匹敵する繊細な味付け。丹念な仕込みと料理人の技が光る。
「フム。他の料理とはこれだけ別格だね。いかにも、ものすごーくえらい人のために作られた特別製っぽいよ」
わたしがつまみ喰いをしていたら、保管庫から適当に食べ物を調達してきたホランが「ウマそうだな。どれオレも」と手をのばしてきたので、その手をわたしはペチンとはたく。
「ダメ。あんまり減ったらバレちゃう。それよりもちょっと聞いて」
わたしが鍋についての考察を述べると、ホランもうなづき同意する。
それを受けて、わたしは己の背負い袋の中をガサゴソ。
とり出したのは巾着袋。これにはポポの里の呪い師ハウエイさんが「備えあれば」と処方してくれたクスリが入っている。
赤青黄黒の四色の薬包が九つずつ。効能は以下の通り。
赤はシビレ薬。
全身がビリビリして痛くてつらい。神経痛を患うお年寄りのたいへんさを疑似体験できる。量を調節すれば限りなく死に近づける。
青は眠り薬。
質の悪い眠りに落ちうなされる。寝起きの気分は最悪。カラダもだるい。量を調節すれば夢の中でご先祖さまと対面できる。
黄は下剤。
モーレツに腹を下す。菊門に多大な負荷がかかる。後遺症もちらほら。量を調節すれば内臓をもぶちまけるかもしれない。
黒はダケさんの胞子。
全身キノコまみれになって行動不能になる。人間苗床として生きる第二の人生が待っている。いちおう収穫されたキノコは食べられるがオススメはしない。使い方次第で砦ぐらいならば落とせるかもね。
鍋を前にして、わたしは「うーん」と思案。
本当はあんまり食べ物を粗末にはあつかいたくないんだけど。
敵は強大につき多勢に無勢。厳しい局面を打破するためには、ときには思い切った決断も必要。
フム、よろしい。わたしはあえて稀代の悪女となろう!
というわけで、意を決してクスリを鍋に投入。
囚人用とおもわれる鍋には入れない。
うっかり捕まっているヨンドクさんやネクタル、海の民たちの口に入ったらたいへんだもの。本当は具材を追加してあげたいけれども、そんなマネをしたらすぐにバレてしまう。だからほんの少しだけ塩味を足しておこう。
兵士用とおもわれる鍋には青と黄。
いい歳をした大人たちが、寝ている間にビチビチおもらし。さぞや傷つくことであろう。刻まれる黒歴史にせいぜい悶えるがよい。そしてヘロヘロになれ。
幹部用とおもわれる鍋には赤と黄。
ふだんは威張り散らしているであろう者たちが、カラダの自由を奪われてピーピーおもらし。意識がある分、もたらされる屈辱たるや想像を絶するはず。自尊心がズタズタになることまちがいなし。
一番えらい人用とおもわれる鍋には、赤と黄と黒。
ダケさんの胞子を直接経口摂取。きっとお腹の中がえらいことになる。ノドの奥やら胃腸にキノコがみっちりわっさわさ。
うぅ、想像するだにおそろしい。ガクブル。
「ケーケッケッケッ」
怪笑しつつ、腰をふりふり。鍋を丹念にかき混ぜるわたし。
背後に立つホランが「魔女だ、おそろしい魔女がいる」とおののいていたようだが、きっと気のせいであろう。
◇
仕込みが終わり、わたしたちがふたたび空調の配管の中へと潜り込んだところで、ぞろぞろと料理人たちが調理場に姿を見せた。
かまどに火を入れて鍋を温めなおしながら、皿を出し並べ、パンが山盛りとなった籠を用意し、腹ペコどもをもてなす準備を始める様子をしばし見守ってから、わたしたちは城塞島カイリュウの探索を再開した。
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