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015 城塞島カイリュウ
しおりを挟む南海のはずれ、雲厚く霧けむる場所。
いくつもの潮流が交差し、大小の渦があらわれては消えるをくり返している荒れた海域に、ソレはあった。
「なにあれ、島……なの?」
ソレはわたしの知る島とは異質な姿をしていた。
まるで海の上に城が浮いているかのよう。ひと目で軍事施設とわかる物々しさ。
わたしたちは海面ぎりぎり、波間にまぎれるようにして慎重に近づく。
間近にしてわかったのは、この城が岩礁に築かれたものであるらしいということ。
島とも呼べない岩礁に、大きな船をいくつも太い鎖で連結し、土台としたモノの上に、城は建っていた。
島に城を築いたのではなくて、島そのものが城と化している。
堅牢そうな外壁は高く、出入り口は黒鬼が呑み込まれた水門がひとつあるだけ。
上空には城内から照らされた光が飛び交っており、密な警備網が敷かれている。場所が場所なだけに、海よりも空の禍獣を警戒しているのかな?
わたしは外壁へと近づいたところで、帯革より金づち姿のツツミをとりだす。
コンコンと壁を叩いて、大地のつるぎツツミの持つ空間把握能力を発動。
とたんに手のひらを通して城の内部構造の情報がどっと流れ込んでくる。
だがしかし、もたらされた情報にわたしは顔をしかめた。
内部は幾層にも折り重なっており、とても複雑に入り組んでいる。おそらくは継ぎ足しで増改築をくり返したのであろう。まるでアリの巣のようだ。
クンルン国の試練の迷宮がかわいくおもえるほどの迷路っぷり。
いや、これはもはや魔宮と呼ぶべきシロモノ。
「さすがにこれはちょっと」
あまりの複雑怪奇っぷりに、わたしは地図の作成を早々に断念。
おおまかな見取り図だけにとどめておく。
この中からさらわれた人たちを探して、救出するのか……。
勢いのままに乗り込めば、きっと先の二の舞になる。
知恵も人手も、何もかもが足りない。
わたしは焦る気持ちをグッとこらえて、いったんホランたちが待つ島へと帰ることに決めた。
◇
チヨコが今後の方針を固めていたころ。
活動拠点へと帰港した黒鬼。
部下たちに細々としたことを命じてから、ひとり先に下船した女海賊レイハイ。
そこに近づいてきたのは軍服姿の若者。
敬礼をし、若者が伝えたのは上官からの出頭要請。
「ビサヤ長官が戻りしだい顔を出すようにと」
やや眉根を寄せたレイハイ、不機嫌そうな調子にて「わかった」とだけ答え、そのまま歩き出す。
迷路のような建物内部を一切迷うことなく進み、レイハイが足を止めたのはやたらと精緻な彫刻が施された厚い木製の扉の前。
およそ軍事施設には似つかわしくない貴族趣味の扉を軽く叩くと、中から「入れ」との鷹揚な声。
扉の奥は、豪華な調度品で飾られた空間。
レイハイを迎え入れたのはメガネをかけた青白い痩身の男。
彼こそが部屋の主人にして、この城塞島カイリュウを預かるレイナン帝国軍のビサヤ長官。
いちおうは自分たちの雇い主ということもあり、レイハイはおざなりに帰還の挨拶をする。
しかし返ってきたのは労いの言葉ではなく、「アレはおまえのオモチャではないのだぞ。あまり勝手をされては困るな」というイヤ味であった。
アレとはレイハイが乗る鉄の船のこと。
南海の黒鬼と恐れられる海賊船。その正式名称は試作機二十四号・黒鋼海王丸という。
だがレイハイおよび乗組員たちは、黒鬼というアダ名を気に入っており、もっぱらそちらで呼んでいた。
いきなりはじまったお小言に、レイハイはつい肩をすくめる。
そんな女海賊の態度が気に障ったのか、ビサヤ長官のメガネの奥の糸目がいっそう細くなり、こめかみのあたりがピクピクリ。
「海賊風情があまり調子に乗るなよ。きさまはもっと自分の立場をわきまえ……」
「まぁまぁ、長官」
ビサヤ長官がくどくど文句を言いだそうとしたところで、これをなだめたのは部屋の隅に置かれた長椅子にどっかと腰をおろしていた巨漢。
ドロドロにとけはじめたロウソクのように太った容姿。わずかに身をゆすっただけで、椅子の足がギチギチ悲鳴をあげる。
「ここは、このヒャムドめに免じて、どうかひとつ」
もみ手にてビサヤ長官の機嫌をとったこの男は、商連合オーメイでも有数のチカラを誇るロイチン商会を運営している、三つ子のひとり。
風の流れから周囲の情報を読む「風読み」の才芽を持つ盲目のレイハイは、部屋に入ったときからヒャムドの存在には気がついていた。だがあえて触れなかった。理由は単に嫌いだから。
恩着せがましく仲介の労をとったヒャムドに対しての、レイハイの返礼は「フン」と鼻を鳴らしただけ。
ヒャムドもまた、どこかそんなレイハイの反応を楽しんでいるようであり、「グフグフ」とくぐもった笑いをこぼした。
で、肝心の長官からの出頭要請の用件は「何人かさらってこい」というものであった。
本国にて開発された新薬の臨床実験のために木偶が必要となったため。
この命令にレイハイはポンと手を叩く。
「だったらちょうどいい。さっき捕まえてきた海の民の連中がいる。あいつらを使えばいいさ。けっこうな上玉もいるぞ。なんなら長官殿に献上しようか?
慣れぬ海での暮らしにずいぶんとお疲れのご様子。たまには息抜きも必要だろう。
味見してから気に入れば手元に残せばいいし、いまいちならば実験にまわすなり、娼館に売り払うなりすればいい」
女をあてがうとのレイハイの言葉に顔を歪めたビサヤ長官は、不快感もあらわ。
ただひとこと「下劣めが」と吐き捨てた。
門閥貴族出身にて気位ばかりが高い相手を、あえてからかったレイハイは恐縮するふりをして内心でにへらと笑う。
もう用件は済んだとばかりに、しっしっとイヌでも追い払うようにして退室をうながすビサヤ長官に、レイハイは慇懃に頭を下げてから部屋を出て行った。
◇
女海賊の姿が見えなくなったとたんに「これだから蛮族は度し難い」とビサヤ長官は机をダンっと叩く。
「お怒りはごもっともですが、いずれは使い潰す相手とおもえば。あの程度の戯言、かわいらしいものではありませんか」とヒャムド。
豊富な海での経験、卓越した操船技術、風読みの才芽、百戦錬磨の武威、度胸、その他もろもろの能力を買ったうえで交わしたレイハイとの雇用契約。
試作機二十四号・黒鋼海王丸の実戦成果はまずまず。投入されている兵器や装備類の運用から得られる情報もいい具合に蓄積されつつある。
目下の悩みといえば艦の運用費がバカ高いことぐらいか。
しかしいずれは効率化がはかられ、より優れた艦船が開発されて、帝国海軍に配備されることになるであろう。
並行して、北の大陸侵略への橋頭保となる城塞島カイリュウの建造も、ロイチン商会からの莫大な資金援助のおかげで、いまのところは順調に推移している。
「しょせんは欲得づくの関係にて、用済みとなったあとにはいかようにも……」
ヒャムドよりささやかれて、やや留飲をさげたビサヤ長官は口の端を歪めた。
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