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009 南の海の恋物語
しおりを挟む星を読み、風を読み、波を読む。
ヨスさんが操る舟が大海原を征く。
夜更けになったところで「よし、潮流に乗った」とヨスさん。帆をたたむなり船底にごろん。
「あとは目的地まで海が勝手に運んでくれるから。朝まで休むよ」
ヨスさんは横になるなり、すぐに寝息をたてはじめる。
波間に浮かぶ舟がゆるやかに上下し、波の音に耳を傾けているうちにわたしもじきにうとうと、夢の国へ。
◇
ギィと船体が軋む音でわたしは目を覚ました。
寝たままの姿勢で「うーん」と背伸び。
すでに夜が明けており、空が白じみはじめている。
固い舟板で凝ったカラダのあちこちをほぐすほどに、意識もしゃっきりしてきた。
すると帯革内にておとなしくしていた白銀のスコップ姿のミヤビが、こっそりささやく。
「おはようございます、チヨコ母さま。舟の向かう先に反応アリ、ですわ」
ミヤビの気配察知能力にひっかかったのは、探し人ホラン。
どうやらヨスさんたちに助けられたのは、彼でまちがいないようだ。
とはいえ、ホランは記憶喪失に陥っているという。
とりあえず生きていたことはよろこばしいが、だからってすぐにめでたしめでたしとはならなさそうである。
水平線にひょっこり三つの小さなこぶがあらわれた。
ヨスさんが帆を広げたとたんに、舟がいっきに加速する。
近づくほどに、小さなこぶがどんどんと大きくなり、見えていたそれらが三つの島であるということがわかった。
岩が寄り集まったところに、こんもり森の帽子をかぶせたような形状。
ぱっと見、無人島にしか見えない。
三つのうちで真ん中にある一番大きな島へと舟は向かう。
岩礁の合間を巧みに操船しては抜けていくヨスさん。
先に待っていたのは浅瀬と白い砂浜。
海の民ダゴンが好んで使用しているフェオンイエと呼ばれる舟が十艘ばかり、浜辺に並んでいる。
船底が砂地をこすったところでヨスさんが指笛を鳴らすと、浜の奥からわらわらと仲間たちが姿をみせ、舟を浜へと揚げるのを手伝う。
見知らぬ小娘を連れ帰ったことを訝しむ仲間たちに、ヨスさんが事情を説明。
すると現場があからさまに微妙な空気に変わった。
あれ、ひょっとして……。
わたしってば、あんまり歓迎されてない?
内心で首をかしげていたら、ヨスさんが眉根を寄せて自身の頬を指でポリポリ。
少し気まずそうな顔をして彼女は言った。
「あー、その、なんだ。じつはチヨコにはまだ話してなかったことがひとつあってね」
◇
海の民ダゴンたちの集団が舟を寄せ逗留していたのは南海の小島。
上陸したわたしは、挨拶もそこそこにその足で島の西側へと案内される。
そちらでは仕掛けていた網の回収作業が行われていた。
威勢のいい声を発する数名の男女の姿があり、そこに混じって網のひきあげを手伝っているホランの姿をわたしは発見する。
で、さっそく「おーい」と声をかけようとしたところでピシリと固まった。
なぜならホランの隣には、ピタッと寄り添う麗しの黒髪乙女の姿があったからだ。
お互いを気づかいつつ、交わす言葉とこぼれる笑顔を見れば、二人の関係なんて容易に察せられる。
「いや、あの男を拾ったのが彼女……ネクタルのオヤジさんでね。それで介抱をしているうちに、いつのまにやらあんな感じになってたんだよ」とヨスさん。
心優しい乙女は甲斐がいしく世話を焼いているうちに男へとすっかり情がわき、記憶を失い寄る辺のない男もまたそんな乙女を頼りとしているうちに。
といった流れ。
ヨスさんから説明を受けて、先ほどの浜辺での気まずい空気の理由をわたしは理解する。
みんなからしたら、わたしは恋のお邪魔虫以外の何物でもない。
とはいえホランが無事でよかった。
正直ホッとしたよ。
でもどうしてかな? 安堵するココロとは裏腹に、ふつふつと湧きあがるこの負の感情はいったい……。
「みんなにさんざん心配をかけて。こっちが必死になって探していたというのに、当人は美女とイチャコラ、キャッキャウフフ。南の海の恋物語とかムカつく」
わたしの本音がだだもれ。
でもそれはしようがない。だってここは南の海だもの。
開放的な雰囲気にて、ココロはいつも以上に自由にのびのび。本性むき出し。
「とりあえず一発いっときましょう、チヨコ母さま」
帯革内にて白銀のスコップ姿の勇者のつるぎミヤビが賛同の意を示す。
「……頭をガツンとやれば記憶も復活。するかもしれない」
帯革内にて漆黒の折りたたみ式草刈り鎌姿の魔王のつるぎアンが「目には目を、衝撃には衝撃を」と根拠のない治療法を提示。
「さすればそれがしにおまかせあれ。叩く、殴る、粉砕するは、槌の領分でござる。にんにん」
帯革内にて金づち姿の大地のつるぎツツミはやる気に満ち充ちている。
剣の母と天剣三姉妹の意見が仲良く一致したところで、わたしはスチャと金づちをとりだす。
手元がピカっと輝き、すぐさま巨大な蛇腹の破砕槌が出現。
で、さっそく記憶喪失にもかかわらず、女にうつつを抜かしている不埒者をぶん殴ろうとしたのだけれども、それはかなわない。
突然の凶行にギョッとなったヨスさん。あわててわたしをうしろから羽交い絞め。他の海の民たちもこれに続き、小娘の身柄はむぎゅっと潮の香りのする肉山に埋もれるハメになった。
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