上 下
7 / 39

007 海の民

しおりを挟む
 
 どうせ遭難することはない。
 いざとなったらどうとでもなる。
 慢心し、海を舐めていた小娘がどうなるのかというと……。
 答えはかんたん。
 めちゃくちゃヒドイ目に合う、である。

  ◇

 いい天気だし、暑いからという理由で外套(がいとう)を脱ぎ捨てて、水着となったわたし。もっとも色気のない薄い袖なしの肌着と短パン姿だけどね。
 大海原を勇者のつるぎにて疾走。「ひゃっほう、気持ちいいーっ!」
 はしゃぎながらホランが消えたという海域を目指す。

「これからはわたしのことを海の女王さまとお呼び」

 それはそれは調子にのって、飛ばす飛ばす。
 だって抜けるような青い空だよ。透き通るほどのキレイな海だよ。水の中にはいろんなお魚さんに、色鮮やかなサンゴ礁の世界なんかもある。それをぜーんぶ独り占め。
 これでは浮かれない方がどうかしている。
 が、調子のったツケは案外、早めに払うことになった。

「うぅ、カラダ中がヒリヒリする。あと目もチカチカする。涙がとまんない」

 ギンギラ太陽と海面からのキラキラな照り返し。
 そんな環境下でなんの対策もせずに、水着一丁ではしゃいでいたものだから、全身がまっ赤っか。重度の日焼けはヤケドみたいなもの。
 そこに潮風が追い打ちをかける。
 わたしは「うーん」と身悶えるばかり。なんだかカラダも火照ってきたし、熱も出てきたっぽい。
 さすがにこれはヤバいと背負い袋をガサゴソ。
 水筒をとり出し才芽を込めた水にて応急処置をしようとするも、目がしょぼしょぼしてままならない。
 かとおもえば、ひゅるりと風が急に冷たくなって強くなった。
 あれほど快晴だった天気が一変。どんより暗雲がたれこめはじめる。
 ポツリと頬に雫が当たったかとおもえば、いきなり滝のような土砂降りとなった。
 とたんに海も大荒れ。
 雨がバチバチ顔面を打つ。ろくすっぽ目もあけていられない。
 風のせいでミヤビもふらふら。わたしはとても立っていられず、しがみつくかっこうになる。
 ざっぱんと横合いから襲ってきたのは、壁のごとき大きな波。
 いきなり巨人に張り倒されたかのような衝撃が、ガツン!
 なすすべもなく波に呑まれてしまった。
 しばし海中にてもまれながら、どうにか水面へ。
 しょっぱい水にむせてゲホゲホしながら、わたしはミヤビに「ダメだ、とりあえず雲の上へ出よう」と指示。
 いったん嵐を逃れてから、魔王のつるぎのチカラで帰港しようとの考え。
 しかし苦し紛れにとったこの行動が、さらなる事態の悪化を招く。
 雲の中に勢いよく飛び込んだところで、雨風もずいぶんと穏やかになり、ホッとしたのもつかの間。
 視界全体がピカッっと光った。
 ドカーンと爆発のようなカミナリの音。
 巻き込まれたのか、直撃を受けたのかはわからない。
 ただ頭の中が真っ白になってしまう。ぼんやりと自分が落下しているのを感じつつ、わたしは意識を手放した。

  ◇

 魚になって海の中を泳いでいる夢を見た。
 楽しい夢だ。
 でもしばらくしたら自分よりもずっと大きな魚に追いかけまわされて、パクリとされてしまった。
 おどろいて目が覚める。
 ヒンヤリとした感触が心地いい。
 どうやらおでこに濡れたおしぼりか何かを乗せられているようだ。
 寝起きでぼやけたわたしの視界に浮かんできたのは、健康的な肌と黒い瞳、それから胸に立派な双丘を持った南国風のお姉さん。

「あっ、気がついたのね。よかったー」

 白い歯をみせて屈託なく笑ったこのお姉さんは「海の民ダゴンのヨス」と名乗る。

「海の民?」

 知らない単語にわたしが首をかしげるとヨスさんが教えてくれた。
 海の民とは、文字通り海に生きる者たちのこと。
 けれども船乗りたちとはすこしちがう。
 海の男を自称する船乗りたちは、必ずどこぞの港に生活基盤を置いている。故郷とする場所がある。
 けれども海の民は人生の大半を海の上で過ごす。
 丘にあがるのは獲れた魚を港で売るときか、自分が住みついている海域内にて物置として使っている小島に立ち寄るときぐらい。
 あとは風が向くまま、気の向くまま。波の流れに身をまかせて生きている。
 そんなわけなので彼らには国という概念はなく、領土や国境という考えもない。
 どこの国にも属していない。
 海を唯一の拠り所としている人たち。
 それが海の民ダゴン。

「なにやらステキな生き方だね。ちょっと憧れるかも」

 話を聞いてわたしがうっとりすれば、くつくつ肩をゆらしたヨスさん。

「実態はそれほど気楽なものじゃないよ」

 なにせ税を納めていないから、国からの支援は一切なし。
 自由とは自己責任と表裏一体。
 極端な話、目の前で沈没し溺れかけていても、海賊に襲われていても、軍船と衝突しても、誰も助けてくれない。港で厄介ごとに巻き込まれても似たようなもの。それどころか国によっては、人間あつかいもされておらず、ヒドイ目に合うこともあるんだとか。

「地域によっては、海の民のことを賤民(せんみん)なんて呼んで、露骨に蔑んでいるところもあるからね」

 好きに生きるには、相応の覚悟が必要だということ。
 内部にアレやコレやと、いろんな問題を抱えている国家だけれども、集団に帰属した方が暮らしは安定するし、安全に生きられるから、痛しかゆしといったところだね。
 フム。自由ってムズカシイや。


しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。 第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。 のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。 新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。 迷走するチヨコの明日はどっちだ! 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第三部、ここに開幕! お次の舞台は、西の隣国。 平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。 それはとても小さい波紋。 けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。 人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。 天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。 旅路の果てに彼女は何を得るのか。 ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」 からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。 不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。 いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、 実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。 父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。 ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。 森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!! って、剣の母って何? 世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。 役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。 うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、 孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。 なんてこったい! チヨコの明日はどっちだ!

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

処理中です...